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「橘は本当に、修学旅行には行かないつもりなのか?」
筋トレのインターバルを取っていたら、井口先生にそう聞かれて素っ気なく「はい」と答えましたが、素直に納得はしてくれません。
「クラスで浮いているからか」
「海が嫌いなんです。泳げないわけでは無いですけど、入るのに抵抗があって」
「それでも、一生に一度の思い出だぞ」
「楽しい思い出なら良いですけど、苦い思い出をあえて作るほど暇ではないです」
「それでもなぁ」
厚意で言われているのは判っているけれど、行きたくない思いは強いのです。それでも全てを話すのは躊躇われたので、バカにされるだろう理由で誤魔化しました。
「先生は、私の水着姿をいやらしい視線に晒せと仰るのですか?」
「お前、いやらしい視線って……。まあ確かに、そういった視線は少なからずあるだろうが」
やっぱり有るようなので、サボりは確定です。だったら意地悪なワガママを言ってみよう。まさか春先の間違いは繰り返さないでしょうし、どう反応するのか見てみたくもあります。
「そういった場面で守ってくれる人も、来てはくれませんしね」
「だったら大会に出るか? キャンセルの理由になるし、少しは費用も戻って来るだろ。補習がたんまり出るけど、空いた時間は見ていてやるから」
「え? 良いんですか? 大会もそうですが、授業も持っていない生徒の補習まで見て頂けるなんて、無理していませんか?」
予想以上のご褒美に、声が上ずってしまいます。
嬉しすぎる話に、ワガママが過ぎたかと思って聞き返しますが、暇があるからみたいな答えを返してきます。
「担任クラスを持っているわけでないし、二年生がいない間は授業も空いてしまう。英語があまり得意でない生徒の補習と言えば、周りだって納得してくれるだろう。顧問と部員なんだから、接点が無い訳でもないしな」
随分と嫌な所をついてきたけれど、反論できる程の学力を有するわけでもなく、今まで授業を持ってもらった事も無いので、やはり興味と嬉しさが先に立ってしまいました。
「それでは両親にもその様に伝えますので、手続きとかよろしくお願いします。必要な物が有ったら言ってください」
その日は家に帰るなり「地区の大会に出るので、修学旅行は行かない」と母に告げ、キャンセルなどの必要な手続きをしてもらうように頼み、美紀ちゃんと真理佳ちゃんにメールを入れました。
『私、修学旅行は欠席します。大会出場を理由に認めてもらいました。一緒に回れなくてごめんね』
しばらくすると、二人から返信が届く。
『は〜い。お兄ちゃんと回るから気にしないでね。大会ガンバレ!』
『ラジャー。この機会に先生を独り占めしちゃえ』
よし。大会の成績もそうだけど、補習も頑張りましょう。
みんなが修学旅行に旅立った日。私が通常通りに登校すると、教室には教頭先生が課題を持って来てくれていました。
「大会が理由とは言え、本当に行かないで良かったのかな?」
「はい。私が進学するためには大会で成績を残す必要が有りますし、それだけに頼る事無く学力向上も必要ですから」
「分りました。では補習のプリントを置いておきますので、好きな所から始めてください。出来るだけ手の空いた先生に来てもらいますから、解らない所は聞く様に」
そう言い残して教頭先生は出て行ってしまいました。
浮いてしまっている件は、教頭先生にも伝わっているようです。それでも当事者の私が訴えでなければ、介入することは出来ないはずです。
今心配している事はふたつ。
加害者の逆恨みで、先生への思いが暴露されて立場を危うくすること。
攻撃先が真理佳ちゃんに向かって、真理佳ちゃんの思いが壊れてしまうこと。
だからこそ表立った攻撃を私に向かわせておく事が、最善の選択だと信じているのです。
井口先生がいつ来るか判りませんから、得意な国語から課題をやっつけてしまおうと手を付け始めます。
監視の先生は、来ても採点などの自分の仕事をするだけだったり、最初と最後だけ顔を見せる程度だったりで、課題に集中できたためか、あっと言う間にお昼になりました。
残念な事に、井口先生は一度も顔を見せてくれませんでしたが。
一人ぽつんと静かな教室でお弁当を取り出すと、ガラガラっと扉が開きます。
『もしかして井口先生が来てくれた?』
期待して目を向けると何故か結城先輩が覗いていて、私の机の上を見て顔を引っ込めます。
なんだろうと思って立ち上がりかけると、冨田部長を筆頭に剣道部の三年生がお昼を持って入ってくるではありませんか。
「学食だったらどうしようと思ったけど、お弁当で良かったよ」
「五月蠅いかもしれないけど、一人で食べるよりかいいっしょ」
「修学旅行に行かないなんて、あんたも変わっているよね」
そう口々にしながら机を動かしてお弁当を広げるので、状況が解らないでいる私は首を傾げたまま固まってしまいます。
「お待たせ〜」
そう言って購買のパンを持った結城先輩が入ってきて、小声で「先生に頼まれてね」と言いながら私の隣に座りました。どうやら井口先生が気をまわしてくれて、こうして集まってくれたようです。




