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先生と私の恋愛事情  作者: 羽鳥藍那
中学編
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 そうこうしている内に冬を迎えて初段に合格し、恒例の新年寒稽古がやってきたのですが、今回も道場主催の方に出ると井口さんが来ていません。

 来ないとは聞いていなかったので、病気でもしたのかと近くに居た師範に聞いてみると、県連の寒稽古に行っていて、今後は向こうに出るそうでした。知っていれば親を説得するなりして、あちらに行く事も出来たのに残念です。


 急に寒さが身に染みて、やる気も失せてしまったのは事実です。

 それでも『井口さんが居なかったから手を抜いていた』なんて聞かされたら、井口さんの立場は無くなってしまうでしょうし、幻滅されるのは絶対に避けなくてはなりません。いつも以上に自分を叱咤して、何とか二日間を乗り切りました。


 この会えなかったのが思いのほか堪えてしまい、最終日を前にメールしてしまうと直ぐに返信がありました。

『この休みの内に、会えないでしょうか』

『すまない。ところで、勉強は頑張っているのか? 行きたい高校とかは、決まっているのか?』

 謝るのは会いたくないのを誤魔化すため?

 あからさまに話を逸らせたのは、彼女との事を追及されない為?


 不安が募りましたが、それでも大事な事に気付かされたのです。

 井口さんは順調に行けば、再来年の春には高校の先生になっているはずなのです。

 そうなったら仕事で忙しくなるでしょうし、部活の顧問を引き受ければ拘束時間は長くなるはず。たぶん、道場には顔を出せなくなってしまうでしょう。私だって高校の部活となれば遅くなるでしょうし、道場で教えを乞う事が叶わなくなってしまうのだと気付かされたのです。

 そんなのは嫌だと思うものの、私はワガママを言える立場ではないのです。それでもわずかな望みに期待します。学力の低い高校に就職してくれることを。


『学力は正直あまり良くありません。行ける所は限られるでしょうが、高校はまだ決めていません』

 そう返信をしてから三十分は経ったでしょうか、返事が来なくて不安が募ります。

 呆れられたのではないか、幻滅されたのかもしれない、付きまとわれずに済んでホッとしているのかも。

 これ以上待つことは無理。

 震える手で文章を打ち込みます。何度も何度も打ち間違えながら。


 やっとの事で短い文章を打ち終えて、送信と同時に着信の音が鳴ります。

『高校でも井口さんに教えを乞う事は無理ですか』

『高校生になっても俺から教わりたくはないか』


 同じことを考えていてくれた。

 井口さんのそれは恋愛感情ではなくって、最後まで面倒を見ようとする誠意からの発言だろうけれど、それでも嬉しい。

 一緒に高みを目指そうとしてくれている。そんな思いに至って、涙声で電話をかけてしまいました。

「私、どうすれば良いですか」

「実は恩師から内々で話があってな、私立高校の剣道部立て直しに力を貸してくれと言われている。仙見台学園(せんげんだいがくえん)って知っているか? 進学校でもあるがスポーツにも力を入れているんだが」

 知っているもなにも、野球やサッカーでは県上位から外れたことは無く、さらにこの近辺では上位に位置する進学校でもあるのですから。

 それはもう、絶望感しかありません。


「——知っていますが、学力がまったく足りません。公立中学で平均にも満たないんです、私」

「いくつかコースが有って、特進や進学のコースでなければ中の上位だ。協力は惜しまないから頑張ってはくれないだろうか。有力者の引き抜きみたいな打算と思われても構わないが、できれば沙織の成長に手を貸したい」

「また、名前で呼んでくれましたね。——私、頑張ります。絶対に追いかけますから。だから、これからは名前で呼んでください。そして許してもらえるなら、名前で呼ばさせてくださいませんか?」


 立場も年齢も実力も、全てが釣り合わない事は百も承知しているけれど、それでも私はそこに立ちたい。だから力をください、と思わずにはいられなかったのです。

「——わかった、二人の時はそうしよう」

 電話の向こうで苦笑いしているのだろうな、などと考えながらも嬉しさは隠しきれずに、晴れやかな気分で「おやすみなさい」と挨拶を交わして電話を切りました。切った電話に向かって「圭祐さん。好きです」とつぶやいて、布団にもぐり込みます。

 顔は熱を持ち、心臓はバクバクしっぱなしでなかなか寝れませんでしたので、三日目の稽古に寝坊してしまったのは圭祐さんには秘密です。

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