カバとサイとウマとシカとの投げられたその先
アンドロイドはいつものように雑用係として後ろの荷台に乗せる、慣れたものでどんな奴でも小型だとちゃんと殿下の腰にしがみついてバランスよく乗っている。
彼らは雨の中、静かに撤退を開始した。
変化が五人揃ったらまず敵うわけがない。それに今回は主戦闘用のアンドロイドの開発も間に合っていなかった。
もう、この場所にも見切りをつける時期かも知れない。やはり故郷に帰ろうか、それとも新天地でまた師団長の地位から始めるか。物価の高い日本にもやや辟易してきたし。
後ろの大乱闘を背に、緩やかに管理道路を下り始めた殿下、ふと変な音に気がついた。
しゃーりしゃーりしゃーり
雨の音とも違う。バイクのエンジン音とも。
ふと脇に目をやって、殿下はぎょっと目をむいた。
いつの間にか、すぐ横に自転車がついている。漕いでいたのは、織部ユキだった。
「ちょっとよろしいですか」しのつく雨の中ユキはまるで春の日のハイキングのようににっこり艶然と微笑んだ。
「Я не говорю по-японски.や・にぇ・がばりゅー・ぱいぽーんすき」
(私、日本語は話せません)
澄まし顔で殿下、少しだけアクセルをふかす。
すると自転車も同じようにスピードをあげた。ユキの笑顔は変わらない。
「Давайте познакомимся♡ だゔぁいちぇ・ぱずなこーみむしゃ♡」
(仲よくしましょ♡)
ユキが学校で、第二外国語にロシア語を選択していたのを殿下は知る由もなかった。さすが聖ニコラウス。
急に怖くなった殿下、思いっきりアクセルをふかしてダラダラの山道を一気に下る。
「待ちなさい!」チャリもすぐに後を追う。
逃げる原付、追うチャリンコ、うねりながらかなりの傾斜で下界へと下る狭い車道は、いっきに激しいバイクレースの場となった。殿下もかなりのスピードだが、ユキも負けないで漕ぐ。まるで、変化がのり移ったかのように。はね飛ばした水が彼らの後ろに霧となって白い軌跡を描く。
「死ね!」
殿下がふり向きざまにボウガンを撃った。しゅっ、間一髪で避けるユキ。
「止まりなさい!」
「誰が!」
殿下は前を向いたままアンドロイドにボウガンを渡して命ずる。「殺せ」
アンドロイドが次の矢をつがえ、後ろを向いた。と、急にその銃を下げてまじまじとユキをみる(ような感じ、というのもヤツらには目がないので)。
「何?」「撃て、早く!」ユキと殿下、必死にバイクを走らせながら同時に叫ぶ。
アンドロイドが銃を捨てて、叫んだ。
「ぎ、ぎたあ!」
とたんに殿下の原付が大きくスリップ。「うわああああっ」バイクは横倒しに近い状態でそのまま坂を滑落、大きく右カーブした道路の端からあっという間に奈落の底へ。
「ぎゃあああああああああっっっ」どん、と何かが何かにぶち当たる衝撃音、そしてバラバラと砕け散る細かい音、そして、ぼん、というくぐもった爆発音が続けざまに聞こえた。
じゃきっ、と道のぎりぎり左端でユキは急ブレーキ。
どうにか息を整え、自転車から降りると彼女はおそるおそる崖下を覗き込んだ。
ちょうど止んでいた雨は、谷をかすかに白いもやで包んでいた。その真下の方から立ち昇る煙が一筋。ちろちろと赤い炎も見えた。
ユキはしばらく黙って、その様子を見おろしていた。不思議なことに何も感じなかった。




