【問題・人はいくらで穴に落ちるか】 生嶋くんの答え
拓人の場合は、もう少し深刻だった。
拓人、よろめきつつひとり、道を行く。
死にそうだった。
「キショー、ハラ減った~」
あれは、銀行にでかける途中の出来事だった。
福岡にいる母親が毎月生活費を振りこんでくる。それが彼の収入源の全てだった(文字がすぐ読めないニンゲンはまず、バイトを探すのも一苦労ですから)。
だが、先週の金曜日のこと。もう少しで銀行、という道の脇、後ろからスーパーカブが急接近、ふり返る間もなく
どんっ
突き飛ばされて、デイバッグを引きはがされた。
「あっ、ドロボー!」
「ふはははははははは通帳は頂いて行くぞおっっ」
黒いマントを翻し、後ろの荷台にはちょこんとアンドロイドの手下を乗せて、あのセルゲイ・イワーノヴィッチ・オルロフスキー『殿下』が何かのアリアをゴキゲンな調子で歌いながら颯爽と走り去っていく。
あっけにとられ、変化する間もなし。
「あ、あのオペラヤローめ」何度か見かけていたが、ミョウチキリンな舞台衣装に身を包み時々ヘンな歌をはさみながら登場するあの師団長、高貴な生まれだと自負していたが、ああして見るとスーパーカブもよく似合う。
ま、それはともかく。
少し冷静になって考えれば、あんな荷物をひったくるより、さっさと後ろから殴るなりなんなり、やっつけに来ればてっとり早いじゃん、とも。
しかし何にせよ、あとのまつり。アフター・ザ・フェスティバル? いや違うか。
電話は先々週から「お客様のご都合により」止められている。お客様のご都合ではない、NTT様のご都合だ。買い置きのラーメンも底をついた。学校だったらナリか誰かにカネを借りることもできる、だがちょうど休み続きで、どうにも手も足も出ない。
「ラ王でも、食いてえなあ」せめて三百円、三百円あれば救われるのだ。
「かみさま、だずげでくでぇ」小石に足をとられ、ばったと倒れ伏す、そのすぐ目の前に
「な、なんと!」
ぴかぴかの百円玉が三枚。
「助かったぁ」
言ったかどうかのそのうちに、彼は光とはいサヨナラ。




