【問題・人はいくらで穴に落ちるか】 吉岡くんの答え
伝助、おくれ毛を軽く風になびかせながらひとり、道を行く。
「あああ」
ケンタローのベース。どうしよう。気分は落ち込むばかり。
「6万8千円かあ」
本当だったら、ツヅキに払わせたい。あんなことになったのは、元はと言えばツヅキのヤローのせいなのだ。
しかも、あの卑怯者。伝助の最も痛い所を突いてきた。
「オマエ、仲間を裏切ったんだろう、知ってんだからな」
どうして、そんなことを知っているんだろう、それにどこまで知っているのか。
――― 仲間を裏切ったこと、全て知っている
そうヘタな字で書かれた手紙がロッカーに投げ込まれていたのは、あのオトシブミや錆びた画鋲の件もやや記憶に薄れた頃。
また、アイツだ。
――― オマエのけがれた交際の写真もある、バラされたくなかったら今夜0時、西町公園入り口に来い
あかねとユキが近頃、ヘンな奴につきまとわれているという話は聞いていた。それに、オトシブミや画鋲の件も他のメンバーには言えなかったが、拓人にはちゃんと話をした。
拓人は案外軽い口調で
「うん、名前も知れてるみたいだし、ツヅカズ、だったか? また調べとくから」
と請けあってくれてはいたが、デン、ふとこんなことも思ったり。
これは、タクちゃんたちとは関係ない、自分とアイツとだけの問題なのでは?
夜中の公園、ヤツは両手をズボンのポケットに突っ込んで木の影に隠れるようにデンを待ちかまえていた。
デンの姿が見えると、「遅えよ、20分も遅刻しやがって」いきなりヤクザみたいに絡んできた。
「アンタ、誰」そう問い返すデンの口調もささくれている。
相手は、何故か面くらったようにデンを2秒ほど見つめてから口を尖らせて
「ツヅキヒトシ」短くそう名乗った。
聞いたこともない名前だった。しかしその後告げられたのは衝撃の事実。
ヤツは、伍人衆変化の秘密を全て知っているというのだ。そして、デンがかつて『薔薇変化』としてリーダーをやっていたこと、最後に仲間を裏切って遂に敵にくみ伏せられたことも。
「オマエのせいで、あとのメンバーはすっかりものから化されちまったんだ」
それは知っていた。しかし
「ちょっと待って……」伝助の方が色々聞きたいくらいだった。
「待って、もっとゆっくり話を……」
「うるさい、とにかくオマエと取引したいだけだ」
実際に会って誤解が晴らせれば、と思っていたのが甘すぎた。
写真を見せられた。
ツヅキが自分で撮ったものだと言う。
内容が完全に誤解されるような、だがあれではいくらでも話がでっち上げられるようなものだった。ヤツはそれを百も承知で、そこに持ってきていたのだ。
ラブホの前で、オッサンに手を引っぱられてやや身を引いているものの、嬉しそうに笑っている伝助の横顔。いかにも、今から一緒にお楽しみだよねー、みたいな解説が入れば彼を知らない10人に9人まではそうなんだと納得してしまいそう。
それには伝助にもやや落ち度はあった。確かに、その晩その男に夕飯をおごってもらってはいた。男は兄の同級生で、地元のラジオ局に勤めていた。
その日、繁華街で偶然出逢い、音楽関係の話で盛り上がったついでに居酒屋に連れて行ってもらったのだった。お互いに伝助の兄についてよい思い出がなかったのも気が合った。ついつい話し込んでしまい遅くなって、歩いて歩いてようやくタクシーが拾えたのがたまたま、ラブホ街の入り口だっただけだ。
それでもどうしてそんなところにツヅキのヤツが待ちかまえていたのかも不気味だった。
公園で待つ、と書かれていた当日、手紙の事は忘れていなかったがデン、たまたま貸しスタジオでの練習の帰りで、借りたベースを担いでいた。
ケンタローはベースを二本持っていて、いつもはもう一本を使うのに試しにこちらで演ってみよう、と少し高いヤツを弾いてみせた。いや、やっぱり合わねえかな、今の歌には。首をひねっていたのでどんなやろ? と軽く聞いてみたら
「今夜一晩貸してやるから、音を聴いてみてくんねえか」
と押しつけられてしまったのだ。
あんな時に限ってなぜ、大事な楽器を貸してくれたのか。かなり断ったのだが、奥ゆかしいねえとか何とか言われて、特に危険はないだろうから、と安易に借り受けてしまった。
ツヅキが迫ってきたので、危ないと思って脇に立てかけたのだ。そうしたらアイツ、わざわざベースの脇に寄って触ろうとした、だから手を払おうとして大きく一歩前へ。ヤツがジャマしようと前へ。揉み合って、触れた楽器が倒れ、気がついたら踏んづけてしまっていた。ハードケースなら良かった。何か取り返しのつかない感触があって、ふと見上げたツヅキの顔がみにくく笑っていた。
「ほら見ろ、仲間も踏みつけにして、テメエのギターまで踏んづけてやがる」
「何だと」
「しかも小汚いホモ野郎、こんなオヤジとイチャイチャしやがって、汚らしい」
殴ろうとした瞬間、ヤツは身をひるがえして街灯の向こうへと走り去っていたのだ。
もちろん、「細かい要求はまた連絡する」そう叫んで例の写真はしっかりと手に握ったまま。
「ろくまん、はっせんえんかあ」
父親や兄貴に相談できるわけがない。それでなくても何かと目をつけられているのに。スティーヴンと白昼堂々と歩けるようになっただけでも、大きな進歩だ。
ああ、それにしても。
ケンタローは何も非難がましいことは言ってなかったが、デン、先手をうって
「ごめん、同じの買って返す」そう、言ってしまった。
それにしてもデカい金額だ。それも、来月頭に駅前のライブハウスを予約してある。どんなに遅くとも来週くらいまでには返さないと、もう一本あると言っても、曲によってはあのベースが必須という場合もある。なければ練習ができない。
(稼がなくちゃ……)何ができるか、口に入りそうになった髪を小指ではねる。
(ホストクラブで、バイト?)
考えておいて、ぞわっと鳥肌。お客さまがカッコイイお兄さんとかならまだ許せるが、ブヨブヨのチューネンおじさんとかに肩でも抱かれて、仁丹くさい息が耳元に当たりでもした日にゃあ……
あの写真を思い出した。確かに不愉快な写真だったが、デンにも実の所、よく解らない想いが渦巻いている。彼に本当に頼もうか。背も高くてがっちりした感じが好みの範疇ではある。確かに、むこうも何となく、未練がましい目をしていた。ラブホ街に近づいていったのも、実はそういった下心があったからか?
彼ならば、身を任せられるのか? 本当に?
ふと、なにげに足元に目がいく。
もう一度、みる。
今度はつくづく、見つめる。
地面に落ちていたのは、くしゃくしゃになった札の小山。
デン、一瞬のうちに金額を把握する。
「ろく、まんはっせんえん!」
あたりをうかがい、意を決して拾おうと身をかがめ札に手が触れた瞬間。
青白い光に包まれ、彼はそのままの姿勢で凍りつき、そして砂の像が崩れるように姿を消していった。




