土手を行く 01
拓人と伝助、並んでぶらぶらと土手の道を歩いている。
川がキラキラと光り、川原と土手の間に広がる下の空き地から野球やっているらしい歓声が聞こえていた。
「あの時、ふと思っちゃったんだよ。ずっと唸りが聞こえてたろ、何だか頭がぼおっとして、変化にあるまじきこと、考えちまうんだ」
タク、足をとめて伝助の方を向いた。
「デン、オマエあれを知ってたんだ」
「うん」デンは、遠く光る流れを目で追っていた。
「それで、降参しちゃったんだ、その時はね」
「いつのこと」
「中学の三年。もうすぐ卒業って頃」
「降参して?」
「ああ」デン、神経質そうに顔を何度かなでてから
「ものから化、してたよ。その時のことは、うん、なんて言うか……」
タクは彼の様子をみて、遮った。「アレじゃ、しょうがねーよ。オレだってさ」
「それにしても」デンは怒ったように彼の顔を見据えた。
「何度も降参しようと、思ったことあったんよ。あんなふうに操られてなくてもさ。タクちゃん、今までそんなことあった?」
「何度も思ったよ。もうムリかな、とかさ。あと、なんつーか」
「『このまま、ものから化するって手もあるな……』」
「そうそう、ものから化ったって、イマいちピンとこないんだよな。変化になりたての頃イロイロ聞かされっけどよ。でも……」
今度はタクがデンの顔をじっとみた。
「オマエ、あるんだよな。どんな感じ?」ちっ、と舌打ちして
「ごめん、そうだよな、感じとかが無くなっちまうんだっけ」
「ううん」伝助は言葉を選びながら、話しだす。
「もちろん考えることも感じることも一通りはできる。でも、それだけなんだ。世の中に甘んじてただ受身で生きていくだけ。
それでも、別にいいんじゃないか……ってあきらめてしまう。今になって思えば、ホント、恐ろしいことやわ」
タクから目を離し、デンは、土手の下に拡がる空き地を眺めた。
「まっ先に降りたのは、その時のアサギ変化。ひどい戦いでね、もうボロボロ。で、ソイツがみんなに言ったんや。
『くそ、いつまでもこんなバカやってらんねえよ、まだ私立も受けてねえのに、そうだろ』って。
で、うちも言ったんや。『だよな』って。そん時、ワカクサがえらいケガしてて……」
拓人がはっとする。「あ、オマエ、それじゃ」
「そ、ウチがバラ変化。リーダーやった。で、みんなに言った。
『武器捨てよう、命の方がダイジだもの』」
伝助、思い返すように口の中でその言葉を繰り返した。
拓人がためらいがちに声をかけた。
「でも、どっちにしたって武器捨てられねえよ、やられちまうじゃねーか」
「ああ……でも、やられる、ったって殺されるワケじゃないよ。見たろ、あの工事の人たちみたいに」
「ああ」
しばらく、ふたりは黙ったまま土手の下の草野球をながめていた。
「あーバカ、ヘボピッチャー」
「打つ方も打つほうやなー」
「みんな、ものから化されちゃったの」
「うん」
伝助の口元が少し歪んだ。
「ヤツらは別に、人の命が欲しいワケじゃあない。ただ、自分たちに従う愚かな群衆ってヤツができるだけ多い方がいいんや。ウチらなんてやっつけるって言っても手間ヒマかかるだけやし。それよか、刃向かったヤツほどいいなりにさせる方がオモロいやろ」
「まあな」
「みんな、助かったよ。命は。今のボクらだって多分そうだろう。どんなに酷い戦闘でもよほど運が悪くない限りは、最後に降参してしまえばいい。でも、そっからがサイテーなんだ。
まず、記憶の中からいっとう大事なところが消される。喜んだことや、悲しかったこと、マジ怒ったこと、燃えたこととか、大切にしておきたい思いというのがあらかた消えてしまう。
過去といっしょに、未来へのヴィジョンも消されてまう。憧れ、おそれ、希望や不安さえも……残ったスキマに埋められるのは、同じ言葉の繰り返しってヤツ。
ものからになれ、ものからを信じよ、ものからにすがれ
盲信、て言うのかな。他には何も見えないんだ」
拓人は相槌もうたずに聞きながらふと気づいて
「デンちゃんて、マジな時にあんまり京都弁出ないんだ」
「うん……京都に住んでたけど、一年近くね」
「ちっちゃい時に?」
「ううん。高校入試落ちて――その時にはすでにものから化しかかってたんだけど、親父に殴られて、家出したん。それでも家を出ようと思っただけはまだ反抗心が残ってはいたんだね、たぶん。
いったんは母に諭されて帰ったんやけど、そんな時、お店に出入りしていた呉服問屋のオジサンが京都に誘ってくれはったんよ、小さい頃から可愛がってくれてたオジサン、ウチがあんまりにも変わったのを心配して……
その時は単なる旅行だった。あちこち一人で歩きまわったんや。で、明日帰るって日に、またムチャクチャ歩きまわってたら道に迷ってさ、嵐山で……夜になっちゃった。
雪まで降ってきて、三月半ばだっていうのにさ。始めはなんとかなるさ、って歩いてたんだけど、いつの間にか山の中をグルグルしてた。雪はますます激しくなる、でもウチ、全然寒さも感じなくてぼおっとしてたんやろな、腰のへんまで雪に埋もれて、ひとり、歩いて、歩いて、もうどんどん、どんどん埋もれていったん。
その時急に、こう、どこかで、頭の中っていうんか……ちょうどヘッドホンで聴いたかのような感覚で、誰かが叫んでいるのが聴こえたんよ」
「何て」
「戦え、って」




