タカヒデは舞い降りた
「もー、やってらんない!」
明け方の4時半過ぎ、雨上がりの秀明進学塾ビル屋上にて変化を解いたあかね、たまりかねてこう叫んだ。
「どーして朝も早よから、こんなアホなロボットやっつけるのにベッド飛び出して家から忍び出てあっちこっちかけずり回らなきゃなんないのよっ」
「おいー」拓人、ランニングの裾をあわててトレパンに押し込みながら
「あかね、頼むよ、ご近所が起きるからさもっと」
「起こせばいーのよっ」
「まーまーまー」止めに入るデンちゃんも、髪はぼさぼさ。サクも早く帰って寝なおしたいという顔だが、あかねと拓人のやりとりを何となくぼーっと見守っている。
「今日、試験なのよ、シケン。それをこんなアホっぽいことやらされて、イッタイ何になるって言うの? ボスがニンゲンやらネズミやら、って何? アイツらに結局いいようにこき使われてるだけじゃないのさ」
「そーだそーだ」スーちゃん、Tシャツにつけた変化章をいったん外してズボンの裾に留め直しながら、ほとんど棒読み状態であかねに加勢していた。
「アタシらこんだけ働いて、しかも見返りなし、何だってゆーの? キチョーな時間を踏みにじられて! もーいや、辞めてやる!」
「ねえ、待ってくれよー」拓人、しかし次の言葉が思いつかない。
頭をがしがしとかきむしり、ようやく続きが出てくる。
「ま、確かにさ、オマエの言うこた、正しいよ。でも」
「でもじゃない」あかね、拓人を真正面から睨みつけた。
「元はと言えば、アンタのせいじゃない。アンタ、責任者なんでしょ? どーしてアタシたちにただ働きさせとくのよ。別に志願してなったワケじゃないのよ。ダマされて……そう、騙されたのよ」
「だからあ、あやまるよそれは」
「謝ってもらったって、収まんないわよっ」
「ちょ、声さ」拓人、声をひそめて両手で制する。
「頼むよ、もちっと小さく」
「声がデカいのは元々なのすみませんですねえ。でもこのままじゃ収まんないわ。いい? タクトさん(びしりと拓人の鼻先数ミリの所まで人差し指を突きつける)、今日中に、ボスだか何だか知らないけど、ソイツらのトコ行って、ちゃんと交渉してちょうだい」
一方的に辞める、と言いだした訳ではなさそうだ。それが分かって少々ほっとしながら拓人、一応眉をひそめる。
「え? コーショー? 何の」
「給料よ、給料」出たな。月見で一杯花見で一杯、あかねに小判の一、二枚。
「それに今までの出来高も加算されていいわね、金額は別途相談よ、いい? とにかく最初の条件が通るまでは、今後一切」
きっ、と他のメンバーにも目をやって、急に声をひそめる。
「アタシとユキは、一切変化しませんからね」
言い終えたかおえないかのうちに、あかねは再び「吧っ」ひと声高らかに叫んで変化して、だっ、と屋上から飛び降りる。
「まっ」拓人あわてて後を追う、と一歩踏み出した暗がりに、ぶっといケーブル。
足をとられ、すぐ脇にいたスーちゃんにぶち当たった。
「とっ」完全に不意をつかれたスーちゃん、大きく前に泳ぐ。運悪くそこはビルの一番端、しかも手すりがない。スーちゃん、ビルの屋上から投げ出される格好となった。
「危ない!」
とっさに拓人、彼のテロテロパンツをつかむ。また器用にスーちゃん、拓人のつかんだパンツからするりとすっぽ抜けた。
白いTシャツと真っ赤なトランクスが、7階の屋上から暁の空に弧を描く。
「変化、タクちゃん!」デンが金切り声を上げた。
「変化章、ズボン!」
同時に気づいた拓人、スーちゃんのパンツの端についていたアサギの変化章、やみくもにスイッチ・オン。
地面に激突するか、の寸前間一髪で彼は変化した。地面すれすれからすっと美しい放物線を描き、ソレは体勢を持ち直し、大きな翼拡げて再び宙に……
「なんだ、アレは」驚いた時も、なぜか牧歌的な口調のサク。
「タクちゃん、何あれ」デンに迫られて、タク、あわてて変化章のスイッチに目をやる。
とっさのことで、彼はついでにダイヤルをひねっていたらしい。いつものタイプⅠ『人間』から大きくずれてタイプⅢ『鷹』の位置になっていた。
(チクワでなくて、ほんとよかったーーー)一瞬安堵した手元に、影がさす。さし渡し二メートルはあろうかという巨大なオジロワシ(推定)が今、まさに拓人の目玉をくり出すべく、襲いかかる最中であった。
「バ、バケモノー」自分でしといて、悲鳴をあげる拓人。
「スーちゃん、これ、落ち着いて」デンも大声で叫ぶが、聴こえているのかどうか。
サクなんて両手を差し出して「とーとーとーとー」家禽を呼ぶかのごとき扱い。
どちらにせよ、ふたりとも事態を収束させようとしているのか、あおっているのかがよく分からない。
「止めろよ、おいっ」手を振り上げた途端、拓人、勢いあまってスーちゃんの変化章を放り投げてしまった。
「がぁっ」ビルの縁に当たってそれは跳ね返り、ビルの下までまっさかさま。
きいっっと耳をつんざく雄たけび上げてばさりと翼をうち振って、巨大な鳥は脚についた青いたすきをひるがえし、変化章を追うようにビルの谷間に舞い降りる。
「今だっ!」ソイツが視界から消えた瞬間、拓人はすばやく変化した。
「じゃ、オレ帰る、あと頼む」
「ね! あかねちゃん言ってたコーショーは?」
「今日中に、ばっちし。ホーカゴ、じゃな。散!」
自分で勝手に掛け声かけといて、バラはさっさと姿を消した。
「あーあ」静けさの戻った屋上で、サク、大きくのびをした。
「帰って、寝るかなー」
デン、おそるおそるビルの縁から覗いてみた。
まだ変化章は見つからないらしい。大きな鳥の影は、はたから見てると大きく優美な8の字を描いてビルの中腹あたりを飛び回っている。
「デンちゃーん、もう、帰る?」自分の変化章に手をかけたまま、サクが聞いてくる。
デンちゃんは手ぐしで髪をかき上げ、あきらめたように軽く笑ってみせた。
「いーわ。先帰ってて。ウチはもちっとここで涼んで行きますわ」
じゃ、と去りゆくウコン変化を見送ると、彼は大きくため息ひとつ。そして、自分の変化章を『Ⅲ』に合わせ、目をつむっていったん息をためてから、覚悟きめて変化した。
二人が、正確に言うと二羽が鵜の目鷹の目で捜索を続けてようやく目当てのブツを発見できたのは、すでに5時を回った頃、口さがない新聞屋さんの目に留まる、わずか数分前のことであった。
(続かず)




