あかねは無慈悲な夏の女王 04
学校の保健室であかねが目を覚ましたのは、外がもうすっかり暗くなった頃だった。
気遣わしげに寄りそっていたユキが、ほおっとため息をひとつ。
窓の外をぼんやりと眺めていた拓人たちに
「目が覚めたみたいよ」
そう声をかけると、彼らもそっと集まってきた。
「だいじょうぶ?」
「あれ、ここ、どこ」あかね、まだぼんやりしている。
「なに、どうしたの、みんなして」
ためらいながら口を開いたユキを、拓人がやさしく押しとどめる。
「オマエ、打合せの時貧血で倒れたんだよ、いま保健室」
「ああ」あかね、かすかに目をとじて考えをまとめようとしていた。
「そう……思い出してきた。いいバイトがあるって言われて、なんか……働いてたんだ、確か、三日ごとに給料が出るって監督に聞いたような……でも」
急にむっくりと起き上がろうとしたので、ユキと拓人、あわてて止める。
「なに、どーしたの」
「おきゅーりょー」
なかばモウロウとしたまま、あかねがつぶやいた。
「監督から、お給料もらわないと」
「そうそう」拓人あたふたと立ち上がった。
「預かっていた分があったよ、ホラ」
拓人、さっきひと息ついていた時に朔太郎に聞いてみたのだ。
「それにしても、あの金、すごかったよなあ。何なんだよアレ」
朔太郎は淡々と答えた。
「サマージャンボ、当たったんだよ」
「えっ、マジ?」伝助もスティーヴンもいっせいに叫んだものだから、ユキが目をとがらせてふり向いた。
「静かにしてよ」
「ああ、ごめん……で、サク、いくら当たったんだ」
「ウソだよ」サクはにこにこしている。
「ちぇ、オメーってヤツは」スーちゃん、人体解剖図を見ながら舌打ちしたがふり返って
「じゃ、あの金はどっから出てきたんだよ」
「それがさ」
サクの話が、またサマージャンボよりもドリーミーだった。
あのお助けピヨラーが鳴り響いた時、サクは近くの町なかを歩いていた。自動変化の圏内だった。耳元にさらさらと衣ずれの音を聞いた時、ヤバいと思ったサクはとりあえず目の前の銀行に飛び込んだ。瞬く間に変化した彼は、はずみでカウンターを衝き破り、馬鹿力で金庫のドアをふっ飛ばし、ただひたすら、現場に向かって走った。
「だって立ち止まったら、モロ、見られちゃうもんねえ」
で、気がついたら懐になにがしかの金が
「おいおいおいおいおいおい」拓人、あせりにあせった。
「じゃ、オマエ、金庫破り……」
「うん、あ、そおだねー」サク、呑気にうなずいている。
「で、サクちゃん、そのお金どうしはりますん?」
「今日はもう銀行閉まっちゃったから、明日にでも返しに行くよ」
「にしても……」
デン、つくづく感心している。
「あの場で、あのタイミングで、よくあれだけのお金が。さすがよねえ」
スーちゃんでさえ、おそれと称賛の眼差しを朔太郎に向けている。
と、まあこんなワケでまだ手元に百万の札束があったのだが、あかねに言われて、拓人さりげなくその中から二枚抜き取ると、すぐさま手近に見えた封筒に入れ、あかねに手渡してしまった。
渡す前に、何か言いたげに口を開いたサクのほうに急いでふり向き
「すまん、すぐ返すから」小声で告げてからなに食わぬ顔して、あかねに言った。
「ほら、バイト代。監督から預かってたんだ」
みんなの方をちら、とみて、ここはオレに任せろ、という目をしてみせた。
なのでみなさん黙って成り行きを見守ることに、しかし
「あら」あかねは中身をすぐ確かめて、けげんそうにつぶやく。
「一日分しか、ないわ」
「いちにちぶん?」ユキと拓人、声が揃う。
「うん、日給二万だって確か」あかね、額を押さえて必死に思い出そうとしている。
マズイ。金関係のこいつのニューロンシナプスは、ほぼ光速で再生されかねない。
「オマエな」急いで話をつなげる。
「そーだよ、確かに一日は働いてたけど……あのホント、何してたか、覚えてない?」
「う……ん、覚えてない。なんとなく、炎天下、だったような」
「そ、そーだよ。炎天下でさ、スーちゃん、そ、スーちゃんと一緒にダム工事やってたんじゃねえかよ」なっ、と急に振られてスティーヴンもしどろもどろ。
「あ、ああそーだよ、女だてらにツルハシ振り上げて」
「あー、そうだったね」あかねの口調は、まだあやふやだった。
「だから、あちこち痛いんだ、でも、一日だけ……」
「うん、オマエ夕方倒れたんだよ、日射病で」
「ふ……ん」
あかね、後はどうでもいいといったように、また枕に頭を持たせかけた。
ここが高校の保健室だなんてのも、まだ気がついてないらしい。
「でも」ユキが明るく取り繕う。
「ホント、良かったよ意識が戻って」
「うん、でもまだ頭痛い。ここはどこ?」
デンちゃん、連絡を受けて駆けつけ、保健室の外で音をたてないように待機しているヘンプロの医局官から薬を受け取り、すぐ入り口の流しでコップに水を汲むとそれを携えてあかねの脇に寄る。
「さ、これ飲んで。まだ熱もあるし」
「みんな、いるのね」何か聞きたそうだったが、それでも言われた通りに薬を飲む。
拓人、伝助のほうをちらりと見る。デン、こっそり『おねんね』のポーズ。
とりあえずあかねを眠らせて、ここがどこだか分かっていないうちに家に連れ帰ろうというコンタンだった。
薬はすぐに効いてきたらしく、あかね、心地よさげにまた布団に埋もれた。
再び眠る前に、みなの顔をぼんやりと見上げ、夢うつつの笑みを浮かべる。
「何だかね、熱が出てる時、だと思うけど、すごい夢みたわ」
「どんな」
「あのね」だんだんと、声が途切れがちになってくる。
「富と、権力とをこの手にしたの、手には、ぶ厚い札束、厚さにしてそう、あの厚みじゃあ百万はくだらなかった……」
「さすがだ」小声で拓人。
「……それに、人々はみなアタシに向かってひれ伏して……」
ことん、とそのまま幸せそうに眠りについた。
「ふう」枕元の五人、そろって大きなため息ひとつ。
拓人、眠るあかねの手から、そっと先ほどの封筒を抜き取ろうとした。が、彼女の手はかたくその端をつかんでいて、全然ビクともしない。
横で見ていたユキが冷静にコメント。
「無理よ。あかねはどんな時でもお金関係はしっかりしてるから」
「はああ」拓人、悲しげに手を離す。
「いま取り上げちまえば、後で夢でも見たんだろうってゴマかせるかと思ったのにー」
サクに向かって情けない声を出す。
「サクう、これ、あきらめてくりよー」
「ダメよそんなん」デンがムキになって言い返す。
「サクちゃんを犯罪者にするつもりなん?」
スーちゃんも上着を取り上げて帰り支度しながら言った。
「オメエが渡しちまったんだから、テメエでソンシツホテンすべきだな」
そーだこーだで知らないうちに、拓人は二万円の借金を負う身となった。
校門でふと立ち止まり、ヘンプロの連中があかねとユキを車で送る様子を立ち止まって見送ってから、また歩き出したスーちゃん、
「そんでもよ」
脇の拓人に急に思い出したように言った。
「え、なに」二万円のショックで、まだ呆然としている拓人。
「アイツさ」
「だれ」
「あかね」ちょっとばかりためらってから、
「けっこー、ムネ、デカかったなあ」スーツの上から触れてしまったのだろう、両手を拡げて、まじまじと見つめていた。
拓人、急に立ち止まる。それに気づかずスーちゃん続ける。
「ワザとじゃねえけどよ、今日、モロ抱きついちまった……でよ、お、どーかしたのか」
拓人、辛そうに眉間に手を当てて一言。
「鼻血ででぎじゃっだ」
(めでたしめでたし)




