死のバトンレース with 犬 01
そのレースは、とある高の伝説のひとつとなった。
「薔薇変化……イクシマタクト、の弱点ですか」
ものから第四支団副団長、コードネーム『Aマイナー』は、弱り切って手元の書類をペラペとめくってみている。
「欠点、じゃあダメですかねえ。しょっちゅう学校の廊下を走る、落ち着きがない、早弁の常習犯である、紙マージャンですぐインチキをして仲間にボコボコにされる……」
「あなたね」
産休に入った『ストマック・ウォーマ』の代わりに、ものから第四支団支団長に新しく任命された通称『殿下』の顔つきは、あくまでも涼しい。
なんでも、彼の数代前の先祖は、ウラルの大貴族だったのだとか。
彼も外見だけだと、本当にノーブルな殿下そのもの。服装も西洋によくある昔の肖像画から抜け出してきたかのように、ベルベットとレースで覆われている。
「内申書を書いているわけではないのですよ。あんなにスキだらけの、とるに足らない烏合の衆に、どうしていつもやられてばかりいるのか、理由を聞いているのです」
「ワケ、ですか」
殿下は、緑がかった碧い瞳で、目の前の地黒な男をじっと見つめている。
「あなた、教師としてあの学校に潜入したのでしょう。学校でヤツらを倒すチャンスはないのですか」
「そりゃあ生嶋はたまたま、体育で担当してますがね。しかし、ワタシだって四六時中見張っていられるわけじゃありませんからねえ。ソノ気があるのかと思われちゃいますよ。他の、織部は女子だから他の先生が担当ですし、山本とかクラス違うし、吉岡だって学年違うし、ほとんど会ったことありませんよ。周りの目もありますしね、倒すだなんてそんな……それにワタシだって気配消すのでもう精一杯、職員会議やら体育部会やら」
「言い訳はもう結構、あなたが使えないのはいくら弁明しても治せませんから。
ま、いいでしょ」
殿下、まっ白なレースに縁取られた、華奢ともいえる白い手を組み合わせ
「わたくしは、前任者みたいに甘くはありませんからね、しかしあと三日だけ、チャンスを与えます。あなたの指名はただ一つ」
その白い指をまっすぐ、Aマイナーの胸元に突き付ける。
「薔薇変化を、抹殺するのです」
「ふぇ」Aマイナー、ガタイは殿下より一回りも大きいのに、完全に途方にくれている。
「どうやって」
「それを考えるのが、仕事でしょう」
「でもワタシの立場も考えてくださいよ。たかだか体育の教師だって、仕事は山のようにあるんですよほら、うちの学校、学年別に学級対抗リレーがあって、それがまだ秋が運動会で本番だというのにもう準備。ホント、ヤツらったら通常の授業はサボってばかりのクセに、どうでもいいようなこういう競技にはやたらとムキになって……
あの生嶋も足が速いってのをいいことにみんなにおだてられて、今度の予行演習でも、結構な人気なんですよ。まったくアイツは何かと注目を集めてますからね。この前も球技大会でサッカーやった時、短パンのゴム切れて、いい笑いモンでしたわ。本人いわく
『スタジアムの五万人の熱気で焼き切れたのだ』とか。もうそれで
『腹にミサンガを巻くオトコ』なんて呼ばれるようになったとか、バカなんです、すぐホイホイと……え?」
「あなたは、今に『頭がぜい肉でできているオトコ』と称されるようになりますよ」
冷やかに、殿下は言葉を継ぐ。
「その予行演習はいつ行われます」
「えっと、あさっての放課後ですが」
「わたくしに考えがあります」
「うぇっ?」Aマイナー、心底驚いたようだった。
「もう、思いついちゃったんですか? どんな」
「五十万でお売りいたしましょう」
「えぇっ?」Aマイナー、以下同文。
第一、この男の驚き方はワン・パターン。
「何ですか、その五十万て言うのは、高いですよ、仲間うちで、ひどいですよ足元を見て。ワタシ、月々四万のアパートで駐車場代が八千円で月に五万近くになるんですよ。給料なんて、ビビたるもんでしょ、もう財形さえ切り崩しているっていうのに」
急に言葉を切って「けち」
殿下、大きくおおきくため息をついて天を仰ぐ。
オペラ劇場の舞台中央に立った悲劇のヒーロー口調で
「おお、どいつもこいつも、二言目には金、カネと(アンタから五十万って言ったよな、目の前の体育教師は心の中で突っ込んだ)。小市民たちよ。何と、せせこましく哀しい存在なのだ汝らは。わたくしの、故郷のあの広大なウラルの草原に果てしなく続く針葉樹の森に、僕たちの汗して働く肥沃で広大なる耕作地に、そのひねこびた金ということばの、なんと陳腐に空虚に響き渡ることであろうか。
ま、いいでしょ」急に元の口調に戻る。
「とりあえず、教えて差し上げます。しかし払うものは払っていただきますからね」
「月賦でなきゃ、ムリですよぅ」
それでもAマイナーは、渋々メモ帳を取り出した、が
ふと真顔で殿下に聞いた。
「もしかして、五十万……ルーブルで?」




