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「何かあったか?ブザーが鳴ってたけどまた誤作動か?」
そう言いながら店長がレジの横から顔を覗かせ、様々なポーズで固まっている四人を見て驚いて駆け寄ってきた。
「店長!万引きっす!一人逃がしたんですけど、超悪質っすよ!」
「俺じゃね~だろ!鳴らしたのそっちじゃね~か!」
金髪がまだシラを切ろうとする。
「このグローブ、レジ通ってね~だろ!だいたい普通三つも買わねぇよっ!同じグローブを!」
店員が怒鳴った。
「おや、橘君も巻き込まれたのかね?」
朱鷺はじっとカワサキを見ていた。
金髪と店員のやりとりを眺めていたカワサキが朱鷺に目を移し、店長を指差した。
そして朱鷺が、店長に気付いた。
「あれ?店長の知り合いなんですか?そういえば最初に気付いたのこの人みたいだったんだけど、」
「ああ、そうかね。悪かったねぇそりゃ」
店長がそう呟いて、膝をついている朱鷺の腕をとって立たせた。そして朱鷺が膝を払っているうちに店長が続けた。
「この子は耳が聞こえないもんだから、バイクが好きでも乗れないんだよねぇ。でもこうしてここに通ってくるから可哀想なんだよねぇ」
「え!そうなの!あ、だから説明できなかったのか!」
店員が驚いた。
そうなのだ。朱鷺は耳が聞こえない。
だからなんとか本当の万引き犯を店員に伝えようとあちこち指し示したのだけれど、全て理解したのはカワサキだった。
そしてそのカワサキが、朱鷺と同じ方法で朱鷺に話しかけた。
朱鷺は、それに驚いていた。
自分の障害に驚きもせずに当たり前のように対応されたことなど、今まで一度もなかった。
しかも、憧れのカワサキに。
「とにかく警察に電話するか」
「返すよ!そんなグローブいらね~よっ!」
「やかましい!会計前の商品持ってそこ出た時点でアウトだ!」
「金払うって!」
「アウトだって言ってんだろっ!こっちこい!」
金髪が二人掛かりでレジの裏のドアに引っ張られて行った。
その後カワサキが朱鷺に目を向け、その左手を掴んで手を広げさせ、ブザーを鳴らさせた赤いキーホルダーを取り上げ、レジにいる店員のところに持って行って事情を説明して返した。
そして朱鷺のところに戻ってきて
「おわり」
とはっきり言った。
朱鷺は口が読めるので、頷いた。
それを見てカワサキも頷き、そのまま背を向けた。
終わり。
ああ、カワサキが行ってしまうんだ。
朱鷺は、店を出て行ったカワサキの後ろを少し遅れてついていった。
せっかく話せたのに。せっかく僕をみて話してくれたのに。
終わりだなんて。
かといってどうしたらいいのかわからない。声も出せないのに。
俯いてとぼとぼとカワサキの後ろを歩いていた朱鷺の目に、突然伸びてくる腕が見えた。
顔を上げると同時に、カワサキに喉の下を突き飛ばされた。
突き飛ばされた……!
と、よろけて目を戻すと、カワサキは逃げた金髪の片割れに引き倒されそうになっていた。
僕を庇ったのか……!
朱鷺は速攻で金髪に掴みかかった。
そして金髪が朱鷺に顔を向けて何かを叫んだ。
直後にカワサキが金髪の顎を殴り、金髪がそこに崩れ落ちた。
金髪が何を言ったかは、見えた。
朱鷺を罵る言葉だった。
だからなんだよ。そんなの僕は気にしてない。
などと朱鷺がショックをかみ殺しているとふいに腕を引っ張られ、走らされた。
手を引いているのは、カワサキ。
カワサキの乗るカワサキまで全力で走り、そこでホルダーにぶら下がっていたヘルメットを渡され、カワサキに跨ったカワサキに、後ろに乗れ、と右手で合図された。
朱鷺は3秒口を開けて驚いたが、顔を顰めたカワサキが指差した先にパトカーのランプが見えたので慌ててヘルメットを被ってタンデムシートに乗り込んだ。
カワサキは速攻でバイクをパトカーから見えない方向に向けて走り出した。
初めて乗る。
バイクには初めて乗る!
どのくらい?今、何キロ?!
朱鷺はノーヘルのカワサキの肩に両手を乗せて立ち上がり、メーターを見ようとした。
するとカワサキにシールドを指で叩かれた。
嬉しい!楽しい!バイクだ!バイクだ!!
すごい風圧!
風になるだなんて大嘘だ!
風にこんなに抵抗されてるよ!
免許は取れないけど、バイクも買えないけど、乗る方法があった!
僕、ヘルメット買うよ!グローブも買う!あの皮の買う!
また乗るんだ!
これに乗る!
またこれに乗る!
乗せてくれるよね?
きっと乗せてくれるよね?
ふと、さっき何かが目に映った気がした。
三度瞬きをしてから気付き、朱鷺はまた立ち上がってカワサキのメーターを見た。
メーターの上に、かなりくたびれたグローブが突っ込んであった。
これだ。
これでバイクに乗せてもらう。
あの色違いの皮のグローブで買収しよう。
また乗るよ!
カワサキに乗るよ!
きっとカワサキは乗せてくれる!
と、思う!
終
※次は『太陽と遊ぼう』です。