第2話:街道の恵みと、はじめての野宿
王都の分厚い城壁を背にしてから、半日ほどが経っていた。
足元を踏みしめる土の感触はどこまでも柔らかく、背負ったリュックサックの軽さが、今の俺の境遇を何よりも雄弁に物語っていた。
「ねえレイズ、お腹空いた! そそろお昼にしよ?」
肩のあたりをフワフワと飛び回っていたシルフィが、名残惜しそうに地面を指差す。
見れば、街道の脇には色鮮やかな木々と、心地よい木漏れ日が差し込む開けた草地が広がっていた。ここまで来れば、王都の喧騒や、あの鬱陶しかったギルドの空気など完全に嘘のように消え去っている。
「そうだな。ちょうどいい休憩スポットだ。ここで少し早い昼食にしようか」
俺は手頃な丸太の腰掛けに腰を降ろし、息を深く吸い込んだ。
旅の初日とはいえ、飢えの心配など微塵もない。なぜなら、一歩外に出れば、この世界は俺の『万能解析眼』にとって最高の食材と薬草の宝庫だからだ。
「よし、シルフィ。お昼の前に、ちょっとそこの茂みを調べてみてくれ。いいものが隠れているはずだ」
『えーと? この茂みの裏かな?』
シルフィが軽やかな羽音を立ててパタパタと飛び、指定された草むらを慎重にかき分ける。
そこから顔を出したのは、鮮やかな青みがかった実をつけた、小さな低木だった。
【判定:アオハル実】
※そのまま食べると強い酸味があるが、乾燥させて肉料理のスパイスとして煮込むと、獣肉特有の臭みを完全に消し去り、旨味を何倍にも引き出す極上の調味料になる。
「おっ、さすが解析眼。さっそく見つけたね!」
「ああ。しかも最高の熟れ具合だ。これがあれば、昨夜のうちに仕込んでおいた乾燥肉が、極上のステーキに化けるぞ」
俺は腰からナイフを取り出し、手際よくアオハル実を採取していく。
さらに街道の脇の斜面に目を凝らすと、別の植物が視界の端で淡く光を放った。
【判定:ペパーミント・リーフ】
※爽やかな清涼感を持つ葉。熱いお湯に浸してハーブティーにすれば、長旅の歩行で緊張した神経を解きほぐし、心地よい眠気を誘う。
「よし、食後の飲み物もこれで完璧だな」
手際よく採取を終えた俺は、持参した携帯用の魔導コンロに火をつけ、小さな鍋をかけた。
ジュワッと香ばしい脂の匂いを立て始めた乾燥肉に、先ほど採ったアオハル実を細かく砕いてまぶし、仕上げにスープを仕込む。
ほんの十数分で作った簡素な野宿メシだが、漂ってくる芳醇な香りは、王都のどんな高級レストランの料理よりも食欲をそそるものだった。
『いただきまース!……ん〜っ! お肉がほろほろで、この爽やかな酸味がたまらない! 美味しすぎるよレイズ!』
シルフィは小さく体を震わせながら、空中で幸せそうに肉の切れ端を頬張っている。
俺も一つ口に放り込むと、凝縮された肉の旨味と、アオハル実の爽快な風味が口いっぱいに広がり、歩き疲れた体にじんわりと染み渡っていく。
「ふう……実に美味い」
青空の下、誰に気兼ねすることもなく、ただ風の音を聞きながら食べるご飯の味は格別だった。
理不尽なギルドを追い出された時はどうなることかと思ったが、今思えば、あんなブラックな職場からサクッと抜け出せたのは人生最大の幸運だったらしい。
「さあ、お腹もいっぱいになったことだし、南の港町ラグナに向けて出発するか」
『おー! 海の幸まであと少しだね! 出発進行〜!』
シルフィの元気な掛け声を背に受けながら、俺は再び軽やかな足取りで、どこまでも続く青空の下へ一歩を踏み出した。
追放された元・最底辺の調剤師の、気ままな世界一周の旅。
その一歩目は、最高に美味しい匂いに包まれて、順調すぎる滑り出しを見せていた。




