第1話:ギルドを追放されて、青空の下へ
「レイズ、今日限りで貴様との契約を解除する。荷物をまとめてさっさと出て行ってくれ」
王都の大手冒険者ギルド『赤き獅子』の豪華な執務室。
分厚い絨毯を踏みしめることも許されない石タイトルの床の上に立ちながら、俺――レイズは、デスクの向こうにふんぞりかえる男を見据えた。
ギルド長であるヴァルガス。かつては甘い言葉で俺を囲い込み、今や用済みとばかりにゴミを見る目を向けている男だ。
「……理由をお伺いしても?」
あえて冷静な声色で問うと、ヴァルガスは鼻でフンと笑った。
「理由だと? 決まっているだろう。お前が納品してくる薬草はどれも見たこともない雑草ばかりだ。いくら安上がりでも、効能の怪しい草などうちの精鋭冒険者には使えんのだ。我がギルドに必要なのは、王都の魔導錬金工房で作られた、一瞬で傷が塞がる高価な上級ポーションだけなのよ」
その言葉に、後ろに控えていた数人の上級冒険者たちが、したり顔で口々に同調する。
「そうだぜ。一歩間違えば命を落とすダンジョンで、ただの草なんて気休めにもなりゃしない」
「お前の作った謎の煎じ薬なんて、飲んだら腹を壊しそうだったぜ」
俺は静かに、心底あきれていた。
俺が採取し、彼らに納品していたのは、彼らが『雑草』と切り捨てる【月光草】や【雲隠れの花】だ。
確かに、魔導錬金工房のポーションのような派手さはない。あちらは魔力を無理やり注ぎ込んで細胞を活性化させるため、即効性はあるものの、肉体に激しい反動――内臓の蓄積疲労や神経の摩耗を引き起こす。
一方、俺の調剤は人間の自然治癒力を極限まで高め、疲労を根本からデトックスする。過酷な長期探索を行うプロの冒険者にとって、本当の意味で命を守る最高級の品だった。
だが、目先の派手な即効性しか見えない彼らに、それが分かるはずもない。
私の固有スキル――あらゆる物質の本質と真価を見抜く『万能解析眼』が、この組織の無能さを嫌というほど暴き出していた。
「……わかりました。今までお世話になりました」
これ以上、馬の合わない連中と議論しても時間の無駄だ。
俺は淡々と頭を下げ、カウンターに置かれていたギルド証を、カチャリと冷たい音を立ててデスクの上に置いた。
——驚くことに、俺の胸にあったのは悲しみでも怒りでもなかった。
あるのは、強烈なまでの「解放感」だけだった。
毎朝日の出とともに薄暗い調合室に閉じ込められ、不当に安い買い叩きにあい、くだらないノルマと説教に追われる日々。
それがすべて、今この瞬間をもって消え去ったのだ。
「ふう……さて、どこへ行こうか」
王都の分厚い鉄の門をくぐり、どこまでも続く外の世界へと続く一本道に足を踏み出す。
頭上で心地よい風が吹き抜け、見上げるほどの真っ青な大空が、どこまでも広がっていた。
肺いっぱいに外の新鮮な空気を吸い込むと、湿った土と、野草の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。
「自由だ……!」
思わず呟いたその時、俺の肩のあたりで『ふわっ』と空気が揺れた。
『やったねレイズ! やっと出られたね、あのカビ臭い部屋から!』
パタパタと光の軌跡を描きながら、手のひらサイズの小さな羽を生やした少女の姿形が顕現する。
俺の相棒である風の精霊、シルフィだ。契約の縛りなどとうに超え、ただ純粋に俺の旅路を共にしてくれる唯一無二の家族のような存在だった。
「ああ。これからは誰の指図も受けない。自分の足で歩いて、見たことのない街に行って、まだ見ぬ素材を見つけて……気ままに行こう」
「いいねぇ! 最初はどこを目指すの?」
「そうだな……まずは、南の街道を抜けて『潮風の港町ラグナ』へ行こう。あそこには大陸中から船が集まるから、各地の珍しい香辛料や、日本ではお目にかかれない海の魚が集まるらしい」
「決定! 港町の美味しい魚料理、全種類制覇する〜!」
くるくると空で楽しそうに踊るシルフィを見上げながら、俺は歩幅を広げた。
背中には最低限の着替えと調剤道具を入れたリュックサックひとつ。それだけで、こんなにも足取りが軽い。
道端の雑草に目を向けると、相変わらず俺の『解析眼』が勝手に視界の端で情報を弾き出していく。
【判定:ノザラシ草】
※そのまま噛むと強い苦味があるが、天日干しして丁寧に煎じることで、どんなに荒れた海でも絶対に船酔いしなくなる最高級の薬になる。
「さっそく面白い素材を見つけたぞ。よし、まずは今日の野宿の準備と、旅の元手作りから始めようか」
追放された元・最底辺の調剤師が、自由気ままに世界を巡る旅が、今――静かに、そして盛大に幕を開けた。




