07.お口の健康は一歩ずつ
ローランとの意思疎通の方法が決まり、大地は問診を続けていた。
現在飲んでいる薬や、体に抱えている病気について、一つずつ確認していく。
ローランは質問を聞き、手を叩いたり、必要に応じて紙に文字を書いたりして答えていた。
大地はその回答を確認しながら、次の質問へと進んでいく。
隣ではあすかが問診の結果を紙に書き留めていた。
しかし、聞き取った内容を記録しながら、時折その手が止まる。
(う~ん……。なんていうか、飲んでる薬や病気がいまいちよくわからない。日本と同じなのだろうか?言葉が通じても意味がなぁ……。やっぱ微妙に日本と違うんだよなぁ)
あすかは困ったように、メモした問診票を見る。
言葉そのものは理解できるものの、薬や病気については日本で聞き慣れたものと異なる部分がある。
日本での知識だけでは判断しきれない内容もあり、記録した情報を確認する必要がありそうだった。
大地もローランの回答を確認しながら、問診を進めていった。
そして、一通り質問を終えると、ローランへ顔を向ける。
「なるほど……。いろいろお答えいただいてありがとうございます。じゃぁ、ちょっとお口の中の様子を調べたいのですが……いいですか?」
ローランは大地をじっと見つめる。
そして、手を1回叩いた。
先ほど決めた方法に従えば、診察を受けてもよいという返事だった。
大地はその様子を見て、ゆっくり頷く。
「じゃぁ、お口を大きく開けてくださいね~。やめてほしかったら、手を2回叩いてください」
それだけ伝えると、大地はローランの口の中を見始めた。
ローランが口を開けると、大地は残っている歯の状態を順番に確認していく。
初回の診察ということもあり、まずは現在の状態を把握することが目的だった。
大地は口の中を見ながら、今後の診療について考える。
(ん~……歯は少し残っているみたいだな。口腔機能に関してはまた今度調べるとして……。残存歯数が少ないし、低下している可能性は考えておこう。残っている歯に関しては……、検査して歯石取ってってところかな……。入れ歯を作ってみるか?いや、う~ん……順番に進めていこう)
残っている歯は少ないものの、今すぐすべての治療を進めるわけにはいかない。
口の中の状態を確認したうえで、必要な処置を順番に行っていくことになる。
大地は確認を終えると、ローランから少し離れた。
「はい、ありがとうございます」
大地がそう言うと、ローランは口を閉じた。
あすかも診察の内容を記録しながら、大地の説明を待っている。
大地はローランへ向き直り、今後の治療について話し始めた。
「ん~……歯は残っているので、その歯のお掃除をまずしていきたいと思います。その次に……入れ歯……えっと、人工的な取り外し可能な歯を作ろうかなと考えています。入れ歯づくりと同時並行で、ちょっとお口の機能の検査もしたいかなあって考えています」
大地はローランに説明をする。
残っている歯の清掃を行い、その後は入れ歯の製作も検討する。
さらに、口の機能についても調べていきたいと考えていた。
しかし、ローランは首をかしげながら手を2回叩いた。
先ほど決めた合図では、分からない、あるいは嫌だという意味になる。
大地はその反応を見て、少し言葉を詰まらせた。
「えっと……ですよねぇ……」
隣で説明を聞いていたあすかが、大地へ声をかける。
「一気に説明しすぎたから、まずは口腔清掃だけに絞ったらどうです?」
「そうしようか……。色々詰め込みすぎたかも」
大地が苦笑いを浮かべる。
日本では当たり前に使っていた言葉でも、ローランには初めて聞くものが多い。
入れ歯について簡単に説明したつもりだったが、口の機能の検査まで一度に話してしまっていた。
まずは何をするのか、一つずつ伝えた方がよさそうだった。
大地は改めてローランの方へ顔を向ける。
「えっと、まずはお口の中をきれいにするためのケアをしていこうと思います。いいですか?」
ローランは頷きながら手を1回叩く。
大地はその返答を確認すると、続けて説明した。
「お口がきれいになってから、また次の治療に移りたいと思います」
ローランは手を1回叩いた。
今度は説明が伝わったようだった。
「ありがとうございます」
大地はローランに礼を言う。
あすかも問診票に記録を残しながら、二人のやり取りを確認していた。
治療の順番については、今後の計画として整理して伝える必要がある。
大地はローランに向けて、もう一つ説明を付け加えた。
「治療の計画の紙は後日、医療ギルドを通じてお渡ししますね」
ローランは手を叩き、ペンを走らせる。
しばらくして、書き終えた紙を大地へ見せた。
『ありがとう。ちなみに、入れ歯とやらは付けたらどうなるんだ?』
大地は書かれた文字を読み、ローランへ顔を向けた。
先ほど説明した入れ歯について、興味を持ったようだった。
大地はその質問に答える。
「そうですねぇ……。食べ物がしっかりと噛めるようになるので、食事のバリエーションが増え、栄養バランスが回復するかもしれないです」
ローランは頷きながら聞く。
歯が少なくなると、食べられるものにも影響が出てくる。
入れ歯によって噛む機能を補うことができれば、食事の選択肢が広がる可能性がある。
ただし、入れ歯を作れば何もかも解決するというわけではなかった。
大地は続けて説明する。
「ただ、向き不向きの食べ物があったり、初めてつける入れ歯に違和感を感じて嫌だと思うかもしれないです」
初めて入れ歯を使用する場合、慣れるまでには時間がかかることもある。
そのため、最初から無理に使い続ける必要はない。
大地の説明を引き継ぐように、あすかが口を開いた。
「そういう時は無理せず外して、すこ~しずつ慣らしていきましょうね。もちろん、お手入れ方法とかについてはわたしがしっかり説明します」
あすかは笑顔で言う。
入れ歯を作った後も、使用方法や手入れについて説明していく必要がある。
大地とあすかは、これまでの訪問診療でも患者の状態に合わせて対応してきた。
今回も同じように、ローランの様子を確認しながら進めていくことになる。
ローランは二人の説明を聞き終えると、再び紙に文字を書いた。
『なるほど……。よろしく頼む』
大地は頷き、笑顔で答える。
今後の治療についても、ローランの了承を得ることができた。
今日のところは問診と口の中の確認までとし、実際の処置は次回から進める予定だった。
大地はローランへ向き直る。
「と、いうわけで今日の診察は終わりです。次回から治療を始めていこうと思います」
ローランは手を1回叩いた。
その直後、入口の方から拍手が聞こえてきた。
大地とあすかが振り返ると、入口で見ていた入居者たちが拍手をしていた。
診察の途中からはローランとのやり取りに集中していたため、二人とも見物客の存在をすっかり意識しなくなっていた。
あすかは入口の方を見ながら、思わず声を漏らす。
「あ、そうだ。いたんだった」
「集中していて忘れてたね」
大地も入口に集まっている人たちへ視線を向ける。
二人は顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。




