1話:知らなかったのは俺だけ
県立春々第二高校2年3組、出席番号9番、片渡佑翔。
普通の男子高校生。成績も普通。友達は少なめ。かなりのスマホ依存。人の話を聞かないとよく言われる。
そんな感じの典型的なZ世代である俺は、ある日のこと、遅刻ギリギリで教室に着いてすぐに、異様な雰囲気を感じ取った。なんだかクラス全体が忙しないというか、そわそわしているというか。
さして真面目な校風でもないので、教室はもともと騒がしいのだが、今日はなんだか違う。『教室の喧騒』というと、もっと雑然として、陽、陰、男、女、きのこ派、たけのこ派、各要素で振り分けられた小グループがバラバラに蠢いているイメージなのだが、今日の彼らには1クラスまるごとの一体感がある。
みんなが『何か』を強く意識している。しかも、全員同じ『何か』。不安、緊張、期待、いらだち等、一人一様のアクションを起こしているが、心が向いている方向は同じなのだ。
(不気味だな……)
そう感じはしたが、俺の行動はいつもと変わらない。のんきに、のそのそと自分の席へ向かう。
「片渡ぃ、ギリギリで着いたなら急ぐフリくらいしろー」
すれ違いざま、担任の佐伯先生が言う。ぁーい、と軽く返事をしながら、俺は席につく。席が前のほうだと、先生に小言を言われる機会が多くて困る。佐伯先生は美人だからいいけど。
「おい、お前らも変な噂話してないで静かにしろよー」
他のクラスメイト達にも注意をする先生。生徒たちの声も少しずつ小さくなっていった。
キーン、コーン、カーン、コーン。朝会の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「よーし、じゃあ出席とるぞー。相沢ぁ……あ?」
教師の点呼が、生徒のいない教室に虚しくこだました。
チャイムが終わると同時に、俺たち2年3組の生徒全員が、教室から消えていた。
ーーーーー
まぶしい。
白い光に包まれている。そうとしか表現できなかった。今俺は学校で、自分の席に着席しているはずだ。当然、教室にこんなに強い光を放つような強力ライトは無い。明らかな異常事態だ。
それだけでなく、時間がゆっくりと流れているような、奇妙な感覚がある。
とりあえずあたりを見渡す。相当まぶしいはずだが、不思議と目は開けていられる。キョロキョロしていると、隣の席の西川の横顔がうっすらと見えてきた。
なんなのだろうか。考えられるのは、俺の異常だ。たとえば気絶や失神をする人は、視界が真っ白になるような感覚になることもあるらしい。俺は教室で突然気絶しそうになり、その瞬間をゆっくりと体験しているのかもしれない。
そんなことを考えていると、だんだんと西川の横顔がくっきりと見え始めた。なーんだ。たぶん、これは一時的にクラっとしただけのヤツだな。
けど心配だから、今日はしばらく保健室のベッドの世話になろう。ソシャゲのイベントも回したいし。
少しずつ視界がひらけていき、西川の横顔も480pくらいで見えるようになってきた。隣の席の科学部員のオタク男・西川浩紀は、驚きのような、嬉しさのような複雑な表情を呈したまま前を見据えている。あまり朝会の時間にはしない類の表情だ。
やっぱりちょっと変わったやつだな、と思ったその時だった。
「パンパカパーン!」
「「「「わっ!」」」」「えっ、え?」「うわ、ホントに?」「ガチのやつかよ……」
ざわざわ。突然響いた甲高いパンパカ言う声を皮切りに、2-3の同級生たちは再び騒ぎ始めた。
まあ、騒ぐのも無理はない。さっきまで教室にいたはずの我々は、だだっ広い草原の真ん中にいたのだ。
「……ハァ?」
俺も驚きのあまり、どこかの小さくてかわいいうさぎみたいな声を出すことしかできなかった。ヤハ。
チカチカした視界がやっと元に戻ったと思えば、一面の緑に青い空。周りにはどよめくクラスメイト達。みんな学校の備品である机と椅子についたままだった。席順もおそらく変わらないまま。一体いつうちの高校は青空教室を開講したというのか。
「皆さんは、勇者に選ばれました! はくしゅー! ぱちぱちぱち」
呆気に取られる俺たちを前に、先ほどのパンパカの主がまたもや空気を読まず喋り始める。小さく拍手をしている彼女──、いや、彼? どちらでも良いが、その中性的な人物はバニーガールのような衣装に大きな白い翼、ストレートロングの金髪、頭上にはエンジェルリングという奇抜な格好で立っていた。俺たちの座席に対して、ちょうど教壇があり佐伯先生がいた辺りの位置で、どうやら、俺たちを勇者認定しているようだ。
「あ、あの!」
「おや? どうかされましたか?」
「このアプリ、やっぱり本物だった……んですか!?」
西川が、静まりつつあるクラスメイトの喧騒をかき消す程度の大声で、手持ちのスマホ画面をバニー天使に見せつけながら質問を投げかける。この二者だけを切り取ると、催眠モノ同人の一幕のようにも見えるのだが、どうやら違うようであった。
「はい! 能力者アプリを受け取ったあなたたちは、この世界で、魔王を倒す勇者として活躍していただきます!」
「おお……キ、キタ……俺の時代……!」「マジでか……」「ぁ……うぅ……パパ……ママ……」
「事前に通達したとおり、異世界転移したみなさんはそれぞれの≪固有能力≫を活用して、この世界を冒険し、仲間とともに強くなり、笑いあり、涙ありの旅路を過ごしたあと、魔王を討伐するのです!」
ニコニコとした笑顔で奇妙なことをのたまうバニー天使。
え、えぇ……異世界転移って、なろうとかのやつ……? ほんとにあるんだな、こういうの……
って、あれ? 今なんか変なこと言ってなかったか? 気になったことがあったので俺もバニー天使に質問を……
「ちょ、ちょっと!」
「おやおや? お次は何でしょう?」
俺を追い越す形で叫んだのは相沢文香。バン、と机を叩きながら立ち上がり、抗議の声を上げた。彼女はバスケ部……あれ、バレー部だったっけ? に所属する、軍制でいうとだいたい1~2軍くらいの女子である。俺との接点は皆無と言っていい。
「私……いや、みんなにも、部活とか勉強とか、あと、家事とかいろいろ、ええと……ほかにもやることがいっぱいあって……だから、すぐに帰らないといけないん……ですけど、あの……と、とにかく私達を元の世界に帰してください!」
彼女も混乱しているのだろう、脳内がまとまらないまま話し始めたようだが、要点はわかる。俺もはやく帰りたい。
「申し訳ありません……アプリに記載しているとおり、皆さんは少なくとも、誰かが魔王討伐するか丸1年が経過するまでは帰れないんです」
「そ、そんな……でも……私達、県予選がもうすぐ……」
「大事な大会なんです! 先輩たちにとっては最後の大会で、私達もスタメンで、だから……」
相沢に続いて篠川魅里香も抗議する。確か同じバなんとか部だったはずだ。
「俺も部活が……」「え、学校どうなんのこれ?」「高い金払って塾行ってんだけど……」
「わたしも一介の下級天使ですので……かみさまが決めたことは覆らないのです……」
クラスの各所から続けざまにぽつりぽつりと嘆願が出た。よく見渡すと、何も発してはいないものの、泣いている生徒も見受けられた。しかし、どうやらバニ天がそれらを聞き入れる気配はないようだ。快晴の草原には似合わない、絶望的な雰囲気がその場を占める。
「みんな! 一回冷静になろう! みんなで話し合って、状況を整理しよう」
その絶望に一石を投じたのは風間拓斗。我が2年3組の学級委員であり、成績優秀でスポーツ万能。教師陣からも信頼され、(主に佐伯先生から)面倒な仕事を押し付けられたりしているが、嫌な顔ひとつせずこなしている、誰からも愛されるタイプのヤツだ。ちなみに、出席番号は8番。新学期には俺の前の席だったこともあり、俺ともたまに話していたが、いつの間にか別グループとなっていた。まあ、自然の摂理である。
「拓斗……」「ああ、そうだよな……」「うん、みんな一回落ち着いて!」
まさに鶴の一声。彼が場をまとめると、なぜかみんな一様に従ってしまうのだ。
「天使さん、この世界に事情があるように、僕たちもそれぞれ事情があります。アプリの説明だけでは納得のいかない部分もあるので、一度、あなたも含めて話し合いをさせてください」
「ええ、問題ありません。時間はたくさんありますからね」
「ちょうどみんな着席していますし、ホームルームのように進行していきましょうか」
風間はそう言うと、席を立って教壇(がかつて存在した位置)の方に向かっていき、バニ天の横へ立った。このイレギュラーにもすぐ対応して場の流れを決めてしまうのは流石と言うべきか。
「まず、僕たちは昨日の夕方頃、それぞれのスマホに能力者アプリがインストールされていた。これは間違いないね?」
「うん、勝手に入ってて、通知も来てた」「俺も来た」「なんかのウイルスかと思ってたけど……」
「はい。皆さん全員にアプリを送らせていただきました」
バニ天を含めた全員が同意する。どうやらこれは共通認識のようだ。
……俺以外の。
俺には自分のスマホに能力者アプリなんてけったいなものがインストールされた記憶はなかった。なんてこったい。これは一体どういうことだろうか。
「よし、ここまではみんな一緒みたいだね。アプリの中身は見た?」
「見た」「あんまり見てな~い。でもニンスタでゆきから聞いてなんとなく知ってる~」「お、俺はずっと見てた……な、何回も読んだ……」
「なるほど。アプリの中身の理解度についてはバラつきがあるみたいだね」
「勇者候補のみなさん全員がアプリを開いたことは確認できていました。よって、かみさまからの転移許可もバッチグーとのことでした」
バニ天は親指を立ててアピールする。
ううん……なるほど。どうやら、話は掴めてきたぞ。今朝、俺がクラスの雰囲気の蚊帳の外だった理由も、なんとなく想像がついてきた。
この『俺だけが抱える問題』について、早めに確認しておきたいのだが、さっきからなかなか切り出すタイミングが掴めない。というかもう話題はその次へ進んでしまっているし。あえて言おう、機を逃したと。
「じゃあ、……一旦ここまでをまとめると、昨日、僕たち2年3組のメンバーは共通して、謎のアプリがスマホに入っていた。それはこの世界の神……そしてその使いの天使さんから送られたものだった。アプリの中に書いてあった『勇者に選ばれた』とか『異世界に転移する』とかは、悪い冗談に見えて全て事実。結果、今日僕たちが登校してすぐの午前8時ごろ、朝会が始まろうとしていたときに、本当に転移させられてしまった……と」
「そういうことになりますね。勇者の皆さん、ぜひ頑張ってください!」
「もう一回確認だけど、この中に全く心当たりがない……とか、アプリが来てない……とかって人はいない?」
学級委員からの投げかけに、クラスの面々は顔を見合わせる。しばらく経っても該当者は現れない。
ああ。こりゃ、そういうこどだ。
知らなかったのは俺だけのやつだわこれ。
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