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第八話 「機械と使用上の警告および注意」



「これがマシナリー(注:使役用機械全般を指す)? すごいな、今の技術は」

「ええ、確かに私はマシナリーです。汎用のモデルではなくいまだ試作のロットですが」

 感嘆のため息が漏れる。

「外観、サイズ、触感どれをとっても人間だな。表情は豊かじゃないが。まあそういう人間もいるから、ほとんどわからんよ。はははははは」

「自分も見間違いました。サイボーグって本当にできるんですね」

「いえ、私はマシナリー。言うなればアンドロイドと同じです。サイボーグではありません」

 え、一緒じゃないの? という驚く声が恰幅のよい中年男性のとなりから発せられる。紺色の深い、中央に紋章の付いたつばのある帽子を被りなおし私の目を見た。彼らを前に虚偽の情報を伝えることは得策ではない。そう判断し私は私という個体の事実のみを伝えた。人物関係など詳しい事情を聞かれた時は許可が要るためここでは答えられないと伝える予定だ。

「……言われてみねばわからんね。これからは常々気をつけることにするよ。それではご協力に感謝する。行くぞ」

「はい! ありがとうございました。それじゃあボク、この頼もしいお兄さんと仲良くするんだよ」

 とても威勢のいい返事が私の右大腿の辺りから返ってくる。手を振り嬉しそうに二人の男性が去っていくのを見ていた。二人が屋根に回転灯を持つ自動車に乗り込んで、ドアを閉めた。エンジンをかけたが、なかなか発進しない。


 つい先程取り押さえた引ったくりの男はすでに別の車で連行されてこの場には居ない。それにしても運の悪い男だった。買い物帰りの私を狙ったのが、彼の運の尽きた瞬間だった。

 一台のスクーターが私の隣を通過するまさにその時、その男はお母さんから預かった肩掛けカバンに手を伸ばして奪い去ろうとした。瞬間、私もカバンを引き、重心バランスを後方に移して関節を固定した。直後男はスクーターから放り出され、彼自身の腕力では加速の付いた彼の体重を支えきれず肩掛けベルトを掴んでいた手も離れた。宙で一回転して私達から4m前方のアスファルトに背中から落下すると、そのまま動かなかった。頭は打っていない。おそらく落下の衝撃で肺から空気を振り絞られ刹那の瞬間に酸欠を起こして意識を失ったのだろう。

 主のいなくなったスクーターは電柱にぶつかって止まっていた。対向車、他の歩行者が居なくて良かった。修一は何が起きたのか良く分かっていない様子できょとんとしていた。

 いつものように集音レベルを高めた状態だったのでスクーターの近づく音は100m以上離れたところからでも分かっていた。初めから車道側は私が歩いていたが、暴走によって修一を巻き込むことの無いようさらに警戒を高めていた私に狙いを定めたのがいけない。

 だが、一部私の過失とも捉えられることがある。私がカバンを車道側に掛けていたことだ。これからは注意したい。





 まだ車は発進していない。不躾なことだが半径5mの集音レベルを最大、対象を人間の声のみに指定し車内会話をうかがってみた。


…… ……


『いいか、気をつけろ。これからはああ言うモノが世間に出てくるということだ。見た目も人間、振る舞いも人間。だが中身は機械そのもの。人間と言う枠組みで見れないような危険な事件が簡単に起こりうる社会になってきている、と言うことだ』


『ですが警部、ロボット三原則、っていうのがあるじゃないですか? 人に危害を加えてはいけない、命令に従わなくてはいけない、自分を守らなくてはいけない、でしたっけ。ロボットってそう言うを守らないといけないんですよね。世間に広まってる家庭用ロボットはそれに従って作られている、と聞いてますけど』


『お前は…… そういう知識はあるのにどうしてアンドロイドとサイボーグの違いがわからないんだ。……まあいいが。いいか、よく考えろ。それはあくまで製品として作られたものだろう。規格と言うものがある。従わなくては市場に出せない。三原則もその一つで、意図的な改変が出来ないようメインハードの中に組み込まれ外部アクセス不可能と言われる独立した専用回路の中にプログラムされたものだ』


『ええ、わかってます。だからロボットは安全なんじゃないですか』


『いいか、プログラムなんだ。いつエラーが起きるかわからん。人間の中の異常者と同じだ。それに原則といってもあらかじめそれを組み込まれない、商品ではない特殊なものとして世界に出されるものだって無いとは言い切れない』


『兵器…… 考えたくないですね』


『もともと昔から機械に巻き込まれて起きる死亡事故なんてザラにあるんだ。ヤツラと違ってこっちは生身で怪我もすればその重度さによっては回復できない。いくらでもバックアップがあってパーツの交換をすれば元通り、という便利なことがない。……それが人間特有の「個」なのかもしれないがね。

……話が逸れたが、機械と言うのは危険なんだ。その認識は絶対捨てるな。これからは人とそうでないモノを見分ける訓練も必要だな。さっきのアレは俺でも言われてよく見なければわからなかった。しかもあのサイズにもかかわらず勢いのついた乗り物を止める化け物だ。一つ間違えば危険な世の中になるぞ』


『でも、俺たちの身内にも欲しいくらいですよ』


『気持ちはわからんでもないがな。使い手が抑えきれん強力な力が周りにあふれるくらいならいっそ無い方が良いぞ』


『この国の核開発反対派ですか?』


『話がズレてる。関係ない。今の調書、もう書き終わってるだろ? そら次の現場だ』




……自動車は発進していった。警察のパトロールカーが73メートル先の角を曲がって見えなくなるまで、私の小さなご主人は目を輝かせて見ていた。


 そう、私達は危険な存在だ。その認識は私達マシナリーすべてが持っていなくてはいけない。隣にいる小さな存在に比べるまでもなく私達は強靭な道具。出力を上げるためのカスタムも、形状がやや変化するが容易に行うこともできる。私のような外観であれば全く違和感無く人の中に紛れ込むことが可能で、その目的が初めから殺傷に向けられたならこれほどになく効率的な仕事をこなすことができると推測される。


それを防ぐためには精巧な行動規制プログラムが必要。


 私は出来る限り迅速に目的に達しなくてはいけない。人の持つ心、感情。これの理解が我々マシナリーのより高められた安全性につづく。

 良心、善悪。収集したデータに基づかなくとも自律的に判断し、自らが周囲にもたらす危害を最小限に抑える有機的なシステム。


それをデジタル化し新たに構築するための実験機である私の持つ使命は大きい。



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