第九話 「機械とその希望」
この家庭にやってきて一年経過した。修一も成長して背が高くなり、日を追うごとに活発になり、語彙も増えますますおしゃべりになっていく。毎日毎日を楽しんでいるようで、怪我をした時、両親に叱責された時などを除いて修一の顔が曇ったのを見たことがない。
何より私と一緒に過ごしている時間を楽しんでいるようだ。家では私の起動している時間中ずっと私とコミュニケーションをとろうとしている。
だが私には疑問があった。私はこの子の兄足りうるのだろうか。血縁に無く、ただ体格が大きく彼よりも知識、力があるだけ。起動年数におよんでは実際のところ修一よりも短く、2年と経っていないのだ。
「そうね…… 年齢からみたらあなたの方が弟ね」
お母さんが笑って私に答えた。そう、人間に限らず生命体において、生存年齢の長いものの方が知識や力に長けているわけではないことも多い。私が彼の兄であると明言することはやはり難しく、私は兄と弟という関係を築くには適切ではないと再確認した。そしてそのような旨を述べた。
直後お母さんが私の頬を叩いた。刹那の暗転があり、視界が戻った時は先程叩かれた時から3.4秒経過していた。その間の記録の一切が無い。私の機能障害を起こすほどの衝撃は当然無いのだが、どうして彼女がこのような行動に出たのか判断が付かず、全身の機能が一瞬フリーズしたのだ。お母さんのほうを見ると彼女は私の目を強く見ていた。
「叩いてしまってごめんなさい。でもね、修一にとってあなたはお兄ちゃんなのよ、やっぱり。とても頼りになって、あの子に無類の安心を与えてくれてる。……親の私たちからみたら嫉妬しちゃうくらいにね。他の人から何て言われようと、私たち家族にとってあなたは修一のお兄ちゃんなのよ」
「ですが私は血縁にもなく、年齢からみても」
「言わせてもらうなら、確かにあなたは私たちと何の関係もないわ。でも、修一はそれでもあなたのことをお兄ちゃんって呼ぶのよ。それで十分じゃない」
理解できないことではない。この家庭での「兄」およびその同義語は云わば私を指し示す固有名詞だ。しかし実際兄としての関係を求められている以上、私の呼び名イコール「兄」として定義づけるわけにはいかなかった。
「もしこの回答は合理性が無いから受け付けられない、と言うならそれでも良いわよ。だけど、あの子がお兄ちゃんでいてほしいと願う人があなただって言うこと、それだけは忘れないで」
……それから私は兄とはどう言うものであるか再調査している。
私は生命体ではない。彼らと血縁のような関係はない。ならばなおのこと、私はこの家族にとって、修一にとって兄となれるよう努力をしなくてはならない。
私の目的である心を理解するためではない。
ただ私の家族の望む、私で在りたいために。




