第十話 「機械の里帰り」
規則正しく微かに唸るモーター音。
ランプの点滅を伴い時折周囲に響く電子音。
キーボードを叩き、慣れた手つきでスイッチを入れていく人間の動きに伴う衣擦れ。
懐かしい、というのが適切な感情表現だろう。ここは私が製造され、教育を受けたラボの一画。7ヶ月前にあった1年に一度のオーバーホールの時にもここに搬入されているが、その時はメンテナンス後の起動チェックのために電源を入れられるまで丸々一週間機能を停止させられていた。起動していた時もずっとカプセルの中に居たので周囲の知覚情報はほぼ入ってこなくて、今のような感情に至ることはなかった。
「どうですか? 最近のB-012の様子は」
「ええ、以前よりもずっと親しみやすくなってます」
「おにいちゃんのことだいすきだよ!」
今日はお父さんに連れられ水無月家一同でラボにやってきた。次世代マシナリーが新造されている現場を見学させてみてはどうか、と上層部から提案が持ち上がったとのことだった。私のプログラムの進展の確認および同類たちと接触させた時の私の反応を観察することが目的であるが、修一の社会見学を兼ねている。修一は私の傍らに居るのが当然と言うようにしていて、両親に手を引かれてやってきた、という形でないことがお父さんとお母さんの手前申し訳なかった。
このラボには多種にわたるマシナリーがいる。一般家庭に普及しているディスクのような掃除用マシナリーが通路を清掃してまわり、ゴミを排出するために定期的にポッドに戻っていく。壁に付着しながら周囲のパトロールを行う天道虫のような形状をした警備用マシナリーは様々なところで見かけ、たった今私の横を通り過ぎて行った竹とんぼのようなプロペラ付のボール型輸送用マシナリーが書類などを運ぶ。
ふと右手の窓の方を見ると上から何かが伸びてきた。よく見るとそれは棒状のマシナリーだ。外壁に沿って移動し始めた。なるほど、窓の桟に先端を懸け窓枠に併せて伸縮し、内蔵するローラーでもってガラス窓を清掃する物か。以前このラボの中にいた時には見たことの無いタイプのものだ。当時はワイパーをつけた車両状のマシナリーが洗浄液を出しながら壁面を走っていた。
「……。随分人間らしい行動をとるようになりましたね」
研究員の一人が私を見てため息を漏らしながらそう言った。
「何気なく外を見遣る、と言う行動は合目的的に動くマシナリーとしては本来不自然と思うのですが……。それを行うことができるほど経験を積んできた、と言うことですか」
「ええ。この子、本当に人間になろうと努力してるんです。いろいろなこと見て、聞いて、考えて。……悩んで」
真にもって適任の家庭に選ばれただけありますね、と言われるとお母さんはそれほどでもない、と言うかのようにはにかむように笑っていた。
「それはそうと、戻ってきてはいただけませんか? 当社の機械工学主任の席、再び空けてお待ちしますよ」
その質問にはお母さんは何も答えなかった。
再度窓を見ると先程まで窓にくっついていたマシナリーは別の窓をきれいにするために去っており、すでにそこには居なかった。マシナリーとは何らかの目的のために活動する物。自らの目的を果たすことが我々の喜び。もちろんそのような高度な感情表現を持っている物はごくわずかであろうが。
だがマシナリーである以上、同じ役割を持つ新型がいつも開発されていることは必然であり、新しいものが出来上がれば取って代わられる。
私が以前見た窓を清掃する旧式の車両型マシナリー。それらは今どこへ行ったのだろう。