アナスタシアの再来
「何をしているのです?通信を再開してください」
トライゾンの艦隊に居たテレサは急に切れてしまった通信に戸惑っていた。
「できません」
「何故です?」
「おそらく、向こう側が通信を拒絶しているものと思われます」
「・・・・・何故」
操作する人達よりも一段上に座ったテレサは王室にあるのと同じで素材でできた玉座に深く腰掛けた。
鉄板に囲まれた艦内で赤の布に淵を金で象った手触りの良さそうな椅子は不似合いだ。其の横に後ろで手を組んだルドルフは冷淡ともいえる目でテレサを見下ろした。
「とにかく上陸しましょう」
テレサの言葉に艦内は動揺の一色に染まった。其の様子をテレサは訝し気に眉を寄せた。
「何です?」
艦長は総員の代表としてテレサに向き合った。
「恐れながら、先程日本側より上陸の許可は頂けませんでした。其の状態で日本に近づいたところで上陸は不可能かと」
「何を言っているのです。まずは歩み寄ることからしなければ」
「は?」
テレサの斜め上をいく発言に艦長は間抜けな顔をし、王族に対して失礼な声を上げてしまったが艦長に取り繕う余裕はなかった。
だがテレサはとても寛容な女王なので艦長の失礼な態度を咎めることはしなかった。ただとても鈍感なので周りの「何を言っているんだアンタは」という空気を読み取ることができなかった。
「我々は国賓です。向こうが幾ら拒否をしても艦を近づけてしまえば許可するしかなくなります。多少強引ではありますが日本人の傷ついた心を癒して差し上げる為には其れぐらいの強引さは必要です」
心を閉ざした小動物を開かせる優しき女王。テレサはそんな自分に酔っているようだった。
彼女は傷ついた心と言っていたが彼らの心に深い傷を刻んだのは他でもない自分達トライゾンなのだ。だが、都合の悪い其の事実をテレサは何処かに置いて来てしまっているようで何故彼らが自分達を拒絶しているのかまるで分かっていない。
艦長は救いを求めるようにルドルフを見た。だが女王に求められない限り口を開かない此の護衛は艦長の視線に気づいても女王に進言することはなった。
幼い頃からテレサを知っているルドルフには分かっているのだ。今のテレサに何を言っても無駄だということを。そんな無駄なことをするぐらいなら百聞は一見に如かずで一度嫌という程現実を見た方がいいのだ。
動こうとしないルドルフに艦長は深いため息をついた。
「恐れながら申し上げます」
テレサと今日初めて対面した艦長はルドルフの想いもテレサの性格も知らないのでめげずにまだ説得しようとしていた。
「我々は二年前に日本に進軍しました。国賓として扱われることはないと思われます。日本の総理大臣であるMr.篝も言っていたではありませんか無理に上陸をすれば捕縛すると」
其れに対しテレサは「分かっていないわね」と優しく諭すように言った。
「彼らは今傷ついているの。傷ついているものは自分を守ろうと時には差し出された手に攻撃することがあるわ。何故そういう攻撃をするのか、其れは怯えているからよ」
最早彼女が何を言っているのか分からなかった。
艦長は再びルドルフを見た。だがルドルフは変わらず口を堅く閉ざしている。
「ねぇ、ルドルフ。あなたもそう思うでしょ?」
此処で初めてテレサはルドルフに話を振った。此れは僥倖とばかりに艦長はルドルフを見つめた。
「一理あります。ですが、傷を負わせたのは他ならぬ我々です。そんな我々が彼らの傷ついた心を癒すことはできないと思われます」
艦長を含めた船員は全員ルドルフの言葉に頷く。
「分かっていないわね。攻撃をしたのは一部のトライゾンよ。私達ではないし第一私は其れを知らなかったのよ。許可もしてはいないわ」
一部の臣下の暴走を止められなかった。其れだけでも王としての資質を疑われるのに彼女は知らなかったことを恥とも思わない。トライゾンは彼女の代で終わるなとルドルフは思った。
「ですが其れは我々の都合であり、日本側にはそんなこと関係ないと思われます。我々も含めてトライゾンなのですから」
「其れは浅慮というものです」
誰もが「お前がな」という思いをテレサに抱いたが仮にも王族。そんなこと言える者は居なかった。ただ一人を除いて。
ルドルフは表情を変えることなく淡々と、堂々と、一切言葉を飾ることなく皮肉を言った。
「女王は深慮ですね」
艦内が一瞬凍り付いた。誰もが恐る恐るテレサを見つめた。
「まぁ、ありがとう。あなたにそう言ってもらえると自信がつくわ」
花が綻ぶような満面の笑みを浮かべたテレサに誰もが脱力した。ルドルフは自分の皮肉が通じなかったことに苛立ち、聞こえない様に舌打ちをしていた。女王や他の船員は気づかなかったがルドルフに期待し、彼を見ていた艦長にはルドルフが舌打ちしたのが見えた。
其の気持ちがよく分かったので艦長は心の中でから笑いを浮かべた。
だが、ルドルフの気が済まなかったのだ。だから彼は更に艦内が凍り付く発言を続けた。
「あなたは第二王女アナスタシア様の再来のようですね」
今から一〇〇〇年以上前に存在したテレサの先祖。第二王女アナスタシアはトライゾンを危機に陥れ、国を滅びたとしてされている。歴史によればトライゾンは一度滅んだのだ。
第二王女アナスタシアは誰からも愛された存在であり、其の為酷く我儘で自分の思い通りにならないことはないと本気で信じ、国庫を私利私欲に使い国を滅ぼそうとしているのを第一王女イリスが救ったというものだ。
此の時代の歴史には多くの解釈がある。古すぎて資料があまりないのもあるが第一王女イリスの母が他国の血を引く王族であること、そして王族の血を引きながら舞姫として異国を回っていた時に当時の国王アドルフに見初められ一時とはいえ正妃の座についたことがある。
だが王族の血を引くと言っても彼女、セレナーデは滅んだ国の王族であることそして途中から現れたマリアナに正妃を奪われ、彼女にとって都合の良いように歴史が改ざんされていることから謎の多い時代となっているのだ。
だがそんな解釈の多い歴史の中でけれど一つとして共通しているのは第二王女アナスタシアがトライゾンを危機に陥れたということだ。
勿論そんな歴史はイリスを崇拝する人間がイリスにとって都合の良いように書物に残したからだといいイリスをトライゾンを他国に売った売国奴と主張するものもいるが此れは極少数派だ。
「アナスタシアの再来」とルドルフが言ったのは現女王に「あなたは国を亡ぼす存在になる」と言っているのだ。不敬どころの話ではない。
艦内の温度が急降下し、艦の操作をしていた船員は背後から聞こえたルドルフの言葉に動悸を覚え知らず握りしめていた手には汗が滲んでいる。
艦長はテレサを見つめた。テレサはきょとんとした後直ぐに声を出して笑いだした。
「何を言っているの、ルドルフ。あなたが冗談を言うなんて初めて聞いたわ」
場違いな種類の笑い声と意味不明な言葉。
ルドルフの表情から冗談を言っているようには思えない(変化のある表情したところを見たことがないので断言はできないが)。いや、仮にそうであったとしても冗談で言えることではない。
「でも冗談を言うなら時と場合を考えなさい」
「・・・・・」
ひとしきり笑った後、テレサは言う。
「確かに世継ぎが居ない今、わたくしが死ねばトライゾンは滅びますね。そういう意味ではわたくしはアナスタシア様の再来になるかもしれません」
「そういう意味じゃねぇよ」というルドルフの心の声が聞こえてきそうだと艦長は思った。
「でも心配はいりません。わたくしは死なないわ。だってあなたが守ってくれるでしょう」
嗚呼、そういう意味に解釈したのね。と、此の時ルドルフ及び艦内の職員は心の中で納得した。
「・・・・そうですね」
ルドルフの表情に変化はない。だが、彼は僅かだが小さな溜息をついていた。
「あなたがたがわたくしの身を案じてくれていること痛いほど伝わりました。わたくしは本当に恵まれていますね。そんなあなたがたの心配を無視して強硬するのはとても心苦しい限りですがわたくしは此処で退くわけにはいかないのです。全てはトライゾンとわたくしの愛する国民の為にも日本に行って頂戴」
もう、説得は無理だった。
「・・・・承りました」
此の女王は何処までの自分にとって都合の良いように物事を解釈してしまうのだ。




