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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第九章 聖杯(サン・グラール)Ⅱ

「其れと藍華」

 「はい」

 「実戦でサン・グラールを使え」

 「勝成っ!」

 「訓練では発動までで実際に使ったことがありませんが」

 「だからだ。データがいる。どのみち、其のエヴァンジルを持っているのならいつかは使うことになる」

 藍華は指輪に触れた。ひんやりと何の感情も持たない貴金属の冷たさが指を撫でる。

 「・・・・・分かりました」

 だが、使う時は選ばないといけない。乱発できるものでもない。

 藍華は一礼し、コントロールルームを出た。他のソルダも其れに続いた。

 「藍華ちゃん、サン・グラールってどんな攻撃なの?」

 別れる際に舞子に聞かれ、全員の視線が藍華に集まったが藍華は首を横振ることしかできなかった。

 「訓練では一度も使わなかったから分からないわ」

 「未知の物質って感じで蓮城さん、使わせたがらなかったもんね」

 「そもそも発動だけでかなりの体力を使うでしょ」

 気づかわし気に鷹人が藍華を見つめる。発動している時はそうでもないが解くと一人で動くことはできない。使ってしまったら実際にどうなるか分からないところがサン・グラールの怖いところだ。

 「藍華ちゃん、あまり無理をしないでね」

 舞子は藍華の手をぎゅっと握りしめた。何処にも行くなと言うように。

 「分かっているわ。ありがとう。みんなで帰ってくるから此処で待っていてね」

 「ええ。みんなも気を付けてね」

 「行ってくる」

 「嗚呼」

 「直ぐに帰るから」

 「当然」と、其々に返し四人は品川へ向かった。

 品川では既に何人もの人間が死んでいた。観測ではディアーブルだけだったが品川に向かう途中でラ・モールの出現も確認されたと無線が入った。

 コントロールルームではトライゾン製の時空転送装置の場所を突き止めようとしていた。

 「まだ憑依されていない人間も居るわね」

 「憑依されている人間はどうする?」

 「蓮城さんは殺すしかないと言っていた」

 「私達に人殺しをしろと?」

 「サン・グラールを使ってみる」

 「藍華」

 心配する蒼空に藍華は笑った。

 「今すぐ使うわけじゃない。目の前の敵をある程度倒してから。サン・グラールの力は私には分からない。だからもしかしたら憑依された人間を助ける術があるかもしれない」

 「そうね。どの道一回は使わないといけないんだから試すのも一興かも」

 「藍華ちゃん、あくまで可能性の一つだよ。もし違ったら君は人殺しの罪を背負うことになる」

 「そうなればみんな同罪ってことで」

 藍華の冗談に「酷いな」と全員笑ったが直ぐに「其れでいいよ」と言ってくれた。

 「じゃあ、そろそろ行きますか」

 「ラポール」

 「セマンス」

 「イロンデル」

 「クロ」

 憑依された人間の力の腕力、握力は普通の人間の一〇倍パワーアップするが動きは鈍く、攻撃も避けられない。

 藍華、蒼空、鷹人は憑依された人間をできるだけ避けてラ・モールやまだ人に憑依していないディアーブルを中心に倒していった。

 いずなはフィデールの傍に常にいる。彼らは逃げる人間の保護や足止めをしているのでいずなは其の加勢をしている。時々、藍華達のフォローも入れているので遊撃隊のような役割を担っていた。

 「・・・・早くないか」

 藍華は次々にサウロンを倒していく。蒼空と鷹人も全力で戦っているが前を行く藍華に追いつけない。鷹人は時々イロンデルの特殊能力である瞬間移動をしているが其れでも藍華に追いついていない。

 藍華は戦いながら自分の体の軽さに驚いていた。シン国から帰ってから初めての実戦となるが、体が全く疲れないし息切れもしていない。

 「藍華、少し前に進みすぎだ」

 後ろを見ると確かに藍華と蒼空、鷹人の間には距離ができていた。進みすぎると敵に囲まれた時が厄介だ。藍華は立ち止まり、二人が追いつくのを待った。鷹人と蒼空は息切れし、疲れが見える。中距離系であるいずなは近距離系の藍華、蒼空、鷹人と違って殆ど場所を移動していないのであまり疲れてはいないようだが、戦いの中では常に緊張を強いられる。肉体的疲れはなくても精神的疲労がかなり蓄積されているようだ。

 「大分、数が減った」

 「嗚呼」

 「残る殆どが憑依された人間だ」

 「此処でサン・グラールを使う」

 もう敵の数は殆どない。問題ないだろうということで蒼空と鷹人も同意した。

 「サン・グラール」

 藍華の前に黄金の聖杯が現れた。藍華はコアの命じるままに聖杯を掲げるように持ち上げた。すると聖杯から光の雨が噴射された。

 ズキン。と、藍華の心臓に痛みが走る。だが、発動を止めるわけにはいかない。其のまま続けると憑依された人間が次々に倒れていき、光の雨を浴びたサウロンは石化せずに其のまま消滅していった。コアさえ残さずに。

 此れが、藍華が新しく手に入れたエヴァンジルの力だ。

 発動を解いた藍華は其の場に倒れこんだ。

 「藍華」

 慌てて近くに居た蒼空と鷹人が藍華の体を抱きとめた。藍華には意識があったが負荷がかかりすぎ、吐血した。

 『ソルダ、よくやった。藍華を回収して撤収してくれ。其れとフィデールは時空転送装置の在り処を今から教えるので回収に向かってくれ』

 勝成の指示で其々が動き出す。藍華は蒼空が抱きかかえて車の元へ向かった。いずなも心配そうに来るが藍華には笑うだけの気力がったので取り合えず安心した。此処で騒いでも意味がないので、早く帰って仁美に検査をしてもらう為に無駄口を叩かずに一行はクリミネルへ戻った。

 藍華は最優先で検査をし、念の為今日一日はベッド上安静となった。

 会議室には勝成、朝子、今日子、仁美、伯明が集まり藍華の様子を画面に映し出し見分していた。

 「藍華が言うには戦闘中あれだけ動いたにも関わらず他の三名と違い疲労感は全く感じなかったそうです」

 「動きが早いな。戦闘中にも思っていたけどよ、以前と動きが段違いじゃないか」

 「ラポール発動後は体が軽く感じられたそうです」

 「其の分、体への負荷は大きいんじゃないか」

 「ラポールよりもサン・グラールの方が負担は大きいと思いますが」

 「吐血した上に胸部痛もあるんだろ。藍華ちゃんの検査結果はどうなの?」

 「脈の乱れが強いですが死に直結するものではありません」

 「死ななきゃいいってもんでもないと俺は思うがね」

 「けれど、あのサン・グラールは凄いわね」

 画面には藍華がサン・グラールを使った時の様子が映し出され、今日子は食い入るように見つめる。

 「敵を一度に屠ることができている。此れを使えば他のソルダの負担も軽減できるし、より多くの人が救えるわ」

 非難が間に合わず死んだ人間は二十一人居る。

 「其れに憑依された人間を殺さずに救えることが可能となった」

 サン・グラールは人間に憑依したサウロンのみを殺したのだ。敵のコアが同じ同族のみを殺すというのはおかしな話だ。

 「だが、藍華ちゃんの負担は相当なものだ。そう乱発できるもんじゃない」

 「其れは、そうね」

 「どの数までならサウロンを一度に倒せるのかしら」

 「仁美ちゃん、興味が合ってもそんな実験をしようなんて思わないでくれると有難いよ」

 「そもそも気になるのだけど、あのエヴァンジルは自ら形態を変えて指輪になったのよね。そんなこと今まで一度もなかったわ」

 朝子の疑問は誰もが思う所だ。今までは取り出したコアの性質を知り其れにもっともあった形の武器をクリミネルが作り、ソルダに与えていた。だが、サン・グラールはそんな過程を全て省略してエヴァンジルという形になった。

 「いくら敵のコアでも人間が手を加える以上、エヴァンジルはコアだけではなく人間が作った様々な物質が混じっていることになるわね。私達が作っているエヴァンジルを混血と例えるならサン・グラールは純血ね。私達は一切手を加えていないのだから」

 「どうして藍華ちゃんだけが特別なんだ?」

 「其れは分からない。けれど、彼女だけがコアと対話した経験がある。其れと関係してくるのかも」

 「藍華への負担も考慮に入れる必要はあるが、あれ程強大な力を使わずに保管するわけにもいくまい。今後は慎重ではあるがサン・グラールを使うという方向性で行こう」

 そう藍華の件は話がまとまった。

 「本人の意思は無視か」と伯明は呆れたが藍華は仲間を守る為に戦っている。今までは命令されていたから仕方がなくだったが、シン国で仲間の死を知り、考えを変えたのだろう。藍華の戦闘に仲間を守るという目的ができた。其の為にサン・グラールの力が必要だと言うのなら彼女は迷うことなく使うだろう。

 「もう一つは時空転送装置の話だ」

 「市街地にもカメラはあるだろ。映ってないのか」

 「巧妙に細工をされている。残念ながら映ってはいない」

 完全にクリミネルの中に裏切り者が居ることが判明した。

 「どうする?全員のアリバイを成立させるのは無理だぜ」

 「そもそも工作員がクリミネルに居るとは限らないわ。時空転送装置を置くだけなら一般人にもできるもの」

 「そうよね。カメラの細工だって、一般人に紛れた工作員がしたという可能性もあるし」

 「疑ったところできりがない。カメラは正常に機能できるように修理をしておいた。監視者の目を増やし、常に市街を見張ればいい」


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