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決意

二十


 ちかげの制服をガッシリと掴んだまま、俺は数分間、息を荒げていた。

 端的にいうと、何も言葉に出せないままの状態が続いていた。

 何を言えば引き止められるか。何をしたら引き止められるか。

 俺は、ちかげが打ち明けてくれたことを、思い出す。

 『わたし、邪魔者さんだよね』


 俺にはなぜ、ちかげが邪魔者になってしまうのかが、明確にはわからない。

 これはウソではない。

 思い当たる節がないのだから、そうとしか言えない。

 そうとしか言えない自分を、今は本当に呪いたい。

 俺の事を『好き』と言ってくれたちかげに申し訳が立たない。

 俺に制服の裾を掴まれているちかげは、目を丸くしながら、ずっと俺の方を見ている。ずっとだ。

 これだけ考えても、なんで俺はちかげを引き止めたのか、正直言葉にすることは、今は困難なんだ。

 声にならない声が、胸の奥深くからこみ上げてくるようにして、脳の中に入り込んでくる。

 それは実に単純でいて複雑、そこにたどり着くまでの時間は、途方もなく感じるくらいだ。

 だけど、俺は思っていたのだろう。


 『ちかげと離れたくない』


 『ちかげと離れたくない』


 もう無意識だった。


 俺は制服の裾を強く引っ張り、ちかげを自分の胸に抱き寄せた。

 ちかげはさっきと同様、驚いて目を見張るような表情のままだった。

 そこまでしか見えてなかった。



『俺は力強くちかげを抱きしめた』



 綺麗な黒いロングストレートに整った顔立ち、スラッと伸びた脚はまるでスポーツかモデルでもやってそうなスレンダーな身体。

 ちかげの脆弱さ故なのか。元々細身に見えるせいなのか、ちかげの身体は、想像以上に細く、そして脆く感じた。

 力の加減なんてわからない。このままだと、ちかげは、壊れてしまう。

 理性とは裏腹に感情が先走っているのか、力の制御など到底できるはずもなかった。



 もう時間がどのくらい経ったのかなんてわからない。数分間か、数時間か、そんな概念はとうに、頭から消え去っていた。

 ちかげの髪に触れ、ちかげのぬくもりを感じ、ちかげのすべてを包み込んだ。

 肩に顔をうずめているちかげは、大粒の涙を瞳に浮かべた。

 その大粒の涙は、俺の制服の肩の部分に小さく、そして、深く染み込んだ。

 


 『ちかげは泣いた』


 数分前に流した涙とは、違う涙を。


 『ちかげは流した』


 悲しみの呪縛から解かれた涙を。

       


二一



 俺とちかげはしばらく抱き合っていた。

 ちかげの気持ちを知った今、俺にこの手を離す義理は何もない。

 『ただ、ちかげを守ってやりたい』

 その気持ちが、自分の動作と同調していた。


 俺はもう少しこのままでいたかった。もう少しちかげのことを見ていたかった。

 しかし、ちかげはこの手を静かにやさしく払った。

『あなたを嫌ってなんかいません』というメッセージを込めたような様子で俺の手を払っている。

 俺は不思議な安心感に包まれた。

 すると、ちかげは少し落ち着いた顔でゆっくりと口を開く。

「ありがとう、たける。」

 ちかげはさらにセリフを続けた。

「私、もう大丈夫だから。たけるの気持ち、すごく温かかった」

 ちかげは少し涙ぐみながら言った。

「うん、なんか私、たけるに勘違いしちゃいそうだよ」

 俺は勘違いの意味がわからぬまま、ちかげの話を聞く。

「だからね・・・」

 すると、ちかげは少し悲しさが混じったような笑顔で、

「ちとせさんのこと、もっと見てあげて」 

 ちとせのこと?

「うん、ちとせさん。きっとたけるのこと好きだよ」

 俺は両腕を組んで考え込みながら、

「うーん」

 としか答えられなかった。

 なんだろうな。俺はまた、ちとせが俺のことを好きなのではないか、と言われた。マサトに続いて二人目だ。

 先の昼休みに、ちとせからバレンタインデーにチョコをもらえるという、確信めいた出来事があった。

 しかし俺は、あれが『お礼』なのではないかと思っている。

 以前、俺がちとせにサイフとハンカチを届けてあげたこと。

 そして、ちとせのお嬢様のイメージが崩れてしまうような、やんちゃな性格を秘密にすることだ。

 だから、好きとか好きじゃないとか、そういう話になるのはいささか早いのではないか、としか思っていない。

 まぁ、ちとせは見ただけでグッと来てしまうような可憐な美少女で、俺も照れてしまう時はあるが・・・。



 俺は疑問に思った。

 なぜ俺を好きと言ってくれたちかげが、ちとせの応援をするのかと。

 俺はちかげに質問することにした。

「なぁ、ちかげ」

「ん? なぁに? たける?」

「ちょっと質問したいんだ。少し長くなるけどいいか?」

 ちかげは笑顔で、

「いいよ」

 と言ってくれた。良かった。

「じゃあ、言うぞ」

 俺はこの疑問を解決したい。このままわからないままにしたくない。

 そんな思いで質問を始めた。

「ちかげは俺のことを好きと言ってくれた。

正直、俺は誰かから好きと言ってもらったことがなかったし、すごく嬉しいんだ。もっとも、身近にいるお前に言われたんで、かなり動揺もしているんだが」

 俺は話を続ける。

「だからって、なんでお前は、ちとせの応援をするんだ? 俺にはそれが全然わからないんだ」

 ちかげはさっきの悲しげな雰囲気は消え、キョトンとしている。

 俺は力強くこう言った。

「教えてくれ、なぜそんなことをする?」

 流暢に話したのが奇跡なくらい、内心ドキドキしていたが、伝えたいことは伝えた。ちかげはどんな回答をするのだろうか。

 俺の質問を聞いたちかげは、

「うーん」

 とさっきの俺みたいに両腕を組んで、長く沈黙していた。

 風の流れる音が、ビュービューと4、5回くらい吹いていた。

 それが聞こえ終わった頃だろうか。ちかげは何かを悟ったようなキラキラした笑顔で、口を開いた。

「たける!」

 突然いつものテンションと笑顔に戻ったちかげにびっくりした俺はしりもちでも着きそうだった。

 ちかげはセリフを続けた。

「わたしも、少し長くなるんだけど、いいかな? いいよね? いや、断っても言うから!」

(なんなんだよ、それ)

 と思いつつ、俺は元気が戻ったちかげに安心していた。

 しかしながら、俺はちかげが、どんなことを言うのか、ソワソワしながら、言葉を待った。

 すると、ちかげは自信満々な様子でこう言った。

「たける! 私はね、今、スタートラインに立ったの!」

 え? スタートライン?

 俺は疑問に思いながらも、続けてちかげの話を聞いた。

「そう、スタートラインよ!」

 なんのこっちゃ、と思いながらも俺は続けて話を聞いた。

「さっきたけるが私のことを、その・・・だ、抱き締めてくれたことは、うぅ、嬉しかったわ」

 やたら慌てふためくちかげ。

 ちょっと可愛いなオイ。

「で、でもね、もう過去の弱々な私は清算したの! たけるのおかげでね!」

 俺は真剣にちかげの話を聞いている。

「だから、私は現在いまの私で、現在いまの元気が取り柄の私で、たけるに猛アタックすることにしたの!」

 ちかげは何かを決意したような顔で、続ける。

「これで、誰にも文句は言わせないわ。隊長! 本日より、ちかげ隊員は、改めてたける殿を制圧する作戦に出るであります!」

 と可愛く敬礼のポーズをとった。隊長が誰かっては突っ込まないことにする。

 にしても、なんかちかげのキャラ変わってないか?

 まぁ、でもやっぱりちかげっぽいか。元気戻ってきたみたいだしな。元気すぎるけど。

「私にハンデなんていらないわ! たける、バレンタインデー覚悟してなさいよね☆」

 俺、何されるんですか一体!?



 話は全部聞いてみたが、ちかげの心理は、結局、全くわからなかった。

 とりあえず、《バレンタインデーは気をつけろ》と携帯のメモ帳に残しておいた。

 でも、良かったな。元気出てきたみたいで。

 俺たちは話をしている内に、無意識に体育館裏から出ていたようで、近くの誰も使ってない広いテニスコートにいた。お互い話に夢中だったからな、仕方ないか。

 テニスコートから空を見上げると、一面雲一つない青空が広がっていて、とてもキレイだった。登校時に空を見たときは、雨でも降りそうだったんだけどな。

 ちかげはというと、若干ニヤニヤしながら、ガッツポーズしてる様子が見えるが、まぁそれは置いといくことにする。

 携帯の時間を見ると、既に午後の授業が1枠終わってしまっているようだ。早く教室戻んなきゃな。(さりげなく)

 そう思った俺は、ガッツポーズでニヤニヤしている嬉しそうなちかげをよそに、もう大丈夫そうだなと、教室へと戻ることにした。


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