科学的な魔法の演出?
とある作品を読んでまず感じたのは、作者が「強そうに見える演出」を優先し過ぎた結果、世界観や物理法則、さらには作中で積み重ねてきた設定までも崩壊してしまっているということである。
確かに世界最強の魔法使いを描きたいという意図は理解できる。しかし、強さとは単に派手な現象を羅列すれば成立するものではない。むしろ、強大な力であればあるほど、その力がどのような理屈で成立し、周囲にどのような影響を及ぼすのかを慎重に描かなければ説得力は生まれない。本作はその部分が極めて杜撰である。
最初に気になるのは、「世界から光が消えた」という描写である。
師匠は太陽光を集めて光線を放ったという演出になっているが、そのために地平線の果てまで昼が夜になったと説明されている。
しかし、これは規模が大きすぎる。
五百メートル離れた主人公の周囲だけではなく、山々や地平線まで暗くなったのであれば、遮った太陽光は半径数十キロどころでは済まない。
その面積に降り注ぐ太陽エネルギーは莫大であり、それを一点に集めた時点でドラゴンどころか大陸規模の災害になる。
ところが実際に起きている現象はドラゴン一匹を焼き殺しただけである。
つまり、演出としては世界中の太陽光を奪うほどの現象を起こしているのに、結果は局所的な攻撃しか起きていない。
規模と結果が全く一致していないのである。
さらに問題なのは温度変化である。
日光が遮られた瞬間、主人公は冬の夜のような寒さを感じたという。
これは明らかに不自然である。
現実の地面や空気は巨大な熱容量を持っている。
たとえ皆既日食になっても数秒や数十秒で冬のような寒さにはならない。
昼から夜になった瞬間に空気全体が急冷するなら、そのエネルギーは一体どこへ消えたのか説明がつかない。
太陽光を止めることと空気の熱を奪うことは全く別の現象である。
しかも寒くなった直後に五百メートル先から炉のような熱波が押し寄せている。
数秒で極寒になり、さらに灼熱になる。
これほど急激な温度変化が起これば人間は皮膚や呼吸器に深刻な障害を受けるはずであるが、そのような描写はない。
都合よく寒くなり、都合よく熱くなり、都合よく無事なのである。
次に衝撃波の描写である。
主人公は五百メートル離れていて腹を叩かれるほどの衝撃波を受けたという。
これほどの衝撃波が発生したなら、音速を超える膨張が起きていることになる。
ドラゴン周辺だけで済む話ではない。
草原の木々はなぎ倒され、主人公も吹き飛ばされ、建物があれば窓ガラスは全て割れる。
にもかかわらず主人公は立ったまま耐え、師匠は髪一本揺れていない。
同じ衝撃波を受けているにもかかわらず、片方だけ全く影響を受けない理由が存在しない。
また、光の柱に「重さ」があり、ドラゴンを押さえ付けているという描写も意味不明である。
光子には運動量があるため放射圧は存在する。
しかし、生物を押さえ込めるほどの放射圧を得るには天文学的なエネルギーが必要になる。
そんなエネルギーが一点に集中したなら、ドラゴン以前に地面が巨大な爆発を起こす。
作者は光と質量を混同しているようにしか見えない。
レーザーへ細く絞る描写も同様である。
太く広がった光を一点に集めれば威力が上がるという発想自体は理解できる。
しかし、作中では光量まで増えている。
これはエネルギー保存則を完全に無視している。
同じエネルギーを細くすれば密度は上がるが総エネルギーは変わらない。
細くしただけで火力そのものまで増えるなら、それは新たなエネルギーを生み出していることになる。
しかもドラゴンを貫通した後、その先には何の被害も描かれない。
高出力レーザーは貫通した後もそのまま進み続ける。
止める物体がなければ地平線の彼方まで進む。
その途中にある森や山は焼き払われるはずである。
しかし、レーザーは都合よくドラゴンだけを切り刻んで終わる。
まるで意思を持った刃物のようであり、レーザーとは別物である。
ゴミ箱の描写になると、さらに理解不能になる。
鏡面だから光を閉じ込められるという説明である。
しかし鏡は光を反射するだけであり、完全には反射できない。
現実の鏡は吸収率も存在する。
高出力レーザーが何度も反射すれば鏡面は一瞬で蒸発する。
しかも熱は鏡自体にも蓄積される。
内側だけ燃えて外側は全く熱くならないなどという都合の良い現象は起こらない。
さらに「灰すら残らない」という描写も問題である。
有機物を完全に分解して灰すら消すということは、炭素も酸素も窒素も全て気体として放出されていることになる。
つまり大量の高温ガスが発生する。
蓋付きゴミ箱程度で安全に処理できるような代物ではない。
さらに回想では鏡の球体を作り、その中へ光線を撃ち込むことで魔物を完全に蒸発させたという。
ところが地面だけは無傷だった。
これも成立しない。
球体内部で魔物を蒸発させるほどの高温になれば、その熱は地面にも伝わる。
地面だけ選択的に守られる理由はない。
しかも鏡面内部に閉じ込められたエネルギーは解除した瞬間どこへ消えたのか。
熱エネルギーは保存される。
球体を消した途端に熱だけ消滅するのであれば、もはや物理法則ではなく作者の都合でしかない。
戦争を止めた場面も同じである。
数千人を相手に光線を見せつけ、一本の溝を作っただけで戦争が終わったという。
もちろん圧倒的な力を示せば敵は恐怖するだろう。
しかし現実の戦争はそれほど単純ではない。
国家には指揮官が存在し、補給も政治も利害もある。
一人の超人が現れた程度で国家が即座に降伏するとは限らない。
仮に本当にその人物が存在するなら、真っ先に外交や暗殺、封印、研究など様々な対策が始まる。
戦争が翌年から完全になくなりましたという結論はあまりにも短絡的である。
そもそもこれほどの力を持つ人物がいるなら、それ以前の世界情勢が成立しない。
国家は軍隊よりもその一人を巡って外交を行う世界になる。
軍事バランスそのものが崩壊するからである。
そして最大の問題は、主人公の反応である。
世界の理を覆すほどの魔法を目の前で見せられたにもかかわらず、驚くだけで終わっている。
本来なら魔法とは何なのか、世界とは何なのか、自分が学んできた知識は何だったのかという疑問が生まれるはずである。
しかし主人公は「世界最強ってすごい」で思考停止してしまう。
世界観を揺るがす出来事なのに、人物の精神的成長や価値観の変化へ全く結び付いていない。
これでは単なる能力披露会でしかない。
結局のところ、この一連の描写は「とにかく最強を見せたい」という一点だけを優先し、その結果として物理法則、世界設定、軍事、熱力学、光学、人物描写、その全てが犠牲になっている。
巨大なエネルギーを扱うなら、それに伴う副作用も巨大になる。
レーザーを使うなら光学を、太陽エネルギーを扱うなら熱収支を、戦争を終わらせるなら政治や国家の反応を考えなければならない。
しかし本作ではそれらを一切考慮せず、「すごそうだから」という理由だけで現象を積み重ねている。
結果として迫力だけはあるが、少し立ち止まって考えた瞬間に矛盾が次々と見つかる描写になってしまっている。
世界最強を描くこと自体は悪いことではない。しかし本当に読者を納得させる最強とは、派手さではなく一貫性によって生まれる。設定に整合性があり、その力に相応しい代償や影響まで描かれてこそ、本当の意味で世界最強と呼べる存在になるのである。本作はその最も重要な部分が欠けているため、壮大な演出とは裏腹に、読めば読むほど違和感だけが積み重なる内容になってしまっている。




