神聖なお家?
「…………ふぅ」
それから、数日が経過した休日のこと。
立ち止まり、深く呼吸を整える。本日、もう何度目かという深呼吸で……いや、昨日からかな?
さて、僕の眼前には、純白を基調とした三階建ての石造りのお家。その繊細優美な佇まいから、神聖な雰囲気すらも感じられ心が浄化されていくようで。
「…………ふぅ」
再度、呼吸を整える。……うん、やっぱりまだ早いかな? 僕はまだ、この神聖なお家に足を踏み入れる資格を取得していないわけだし。そういうわけで、申し訳なくも本日は――
「――いや何を引き返そうとしてるんですか!!」
刹那、扉が開く音と共に背中へ刺さる鋭い声。逡巡しつつ振り返ると、鮮やかな銀髪の可憐な少女が怒ったような呆れたようなお表情をなさって……うん、まあそうなるよね。
【――卒然のお誘いで恐縮ですが、明日、私の家に来てただけませんか?】
昨日の夜のこと。
自室にて、教本を片手に魔法の練習をしていると、ふと窓を軽く叩く音が。窓を開けると、果たして銀色の毛を纏う優美な鳩が。……うん、今日も可愛いなぁ。
さて、ほのぼのとしつつ鳩さんの口から手紙を受け取る。もちろん、差出人は鳩さんのご主人さまたるユリアさんで。そして、相変わらずドキドキしつつ手紙を開くと、なんと上記の一文が目に飛び込んできまして。……うん、びっくだよね。いや、舞踏会の時もお出かけの時も驚愕だったけど……だけど、今回はその二つにも増してびっくりで。
ともあれ、返事をしなくては。……まあ、今回もそもそも選択肢はないんだろうけど。仮にお断りの旨を記そうものなら、きっとまたあの音が来るだろうし。……でも、いずれにせよきちんと心の準備をしてからお返事をしたい。なので、ひとまずは耳栓を――
『――うっ!!』
刹那、思わず大きな声が。……いや、音は聴こえてない。そして、恐らく鳴ってもいない。いないの、だけども……突然、この手紙から強烈な臭いが。それも、ものすごく不快なタイプの臭いが。なんと言うか、こう、いわゆる卵の腐ったような――
【あっ、ちなみにですが――そろそろあの音にも何らかの対策をなさっていると思ったので、今回は嗅覚の方面で攻めてみました。そして、万が一にも良きお返事をなさらないようであればお察しの通り五分おきに――】
『バリエーションが無駄に広い!!』
そういうわけで、今回もすぐさまお返事。そして、たいそうドキドキしつつユリアさんご自宅へと馳せ参じたわけでして――
「どうぞ、遠慮なく上がってください」
「……お、お邪魔します」
お招きに与り、おずおずと神聖な玄関へ足を踏み入れる。そして、框を上がり神聖な廊下を歩いていく。ほどなく、リビングの扉の前へ。そして、おもむろに引き手へと手を伸ばし――
「……その、少々お待ちくださいませご主人さま」
「……いや、なんでメイドカフェ風?」
扉を開こうとするユリアさんを、思わず引き留めてしまう僕。……うん、なんででしょうね?
ともあれ、つい引き留めてしまったのは――この扉の向こうには、ユリアさんのお父さまとお母さまがいらっしゃると聞いていたから。そして、とりわけお父さまというのは、概してご自身の娘さんと仲の良い男の子に対する態度が厳しいとどこかで聞いたことがある。……つまりは、きっとこういうことに――
『――やあ、君がハンスくんだね。ユリアから話は聞いているよ』
『……は、はい、わたくしめがハンスでございます』
『さて、さっそくだけど、君はどんな魔法が使えるんだい?』
『……その、恥ずかしながら、僕は何一つ魔法を使うことができなくて……』
『…………魔法を、使えない?』
『……はい』
『……何一つ?』
『……はい』
『……私の娘が連れてきた男でありながら、魔法を何一つ使えないなど以ての外……金輪際、古今東西全てのハンスの自宅への訪問を禁止する!』
「――古今東西のハンスの皆さまごめんなさい!」
「急にどうした!?」




