終章 消えぬ恐怖、幕が上がる沈黙の余韻
病室の扉が静かに閉まり、長瀬良治は深く息をついた。
すべてが終わった――しかし、そう言い切ることはできない。
異臭騒ぎ。歪んだ影。囁き。
それらは、彼の記憶の中に確かに刻み込まれていた。
「……長瀬」
杉本が沈黙を破り、低くつぶやいた。
「君が見たもの、感じたもの……それは単なる幻覚じゃないと思う」
長瀬は、じっと彼の目を見た。
病室で騒いでいた男も含め、ほんの少し目を離した隙に、被験者たちの姿は次々と消え去った――。
杉本は不安になるような言葉は隠しながら、落ち着いた口調でゆっくり今後についてを語る。
「君はひとまず休め。俺は調査を進めるためにここを離れるが、すぐに護衛がつくはずだ。」
「……休める気がしないですね」
苦笑しながら答える。
杉本は小さく息をつき、黙って窓の外へ視線を向けた。
赤羽の街の明かりが、わずかに揺らめいている。
異臭騒ぎの報道は、すでに混乱を呼んでいた。
多くの被害者が異様な影を目撃し、そして――消えて行った。
それらは何だったのか。
その答えは、まだ見つかっていない。
ただひとつ言えることがある。
向こう側は、確かに現実を侵食し始めている――ただの幻覚ではなく、空間そのものが異変を起こしているのだ。
それを知ってしまった時点で、もう普通の生活には戻れないかもしれない。
異臭騒ぎから始まり、心霊現象とも言えない不可解な出来事に巻き込まれた。もし杉本が駆けつけてくれなかったら――俺は、あのまま謎の声に連れ去られていたのかもしれない。
いや、まだ無事解決したと言う確証も無い。
恐怖に疲弊した今も、今後を考えると不安な未来しか思い浮かばない。
「俺は、何を見せられたんだろうな……」
長瀬は静かに言葉を漏らした。
溜息交じりの呟きが、病室の静寂に溶け込んでいく。
答えはない。
病院の夜は静かに更けていった。
震えが残る消耗した身体で色々考えていた時、会社の事が頭を過ぎる。
あぁ……会社に連絡しなくちゃいけないな。
スマートフォンを掴んだ瞬間、全身に冷たい感触が広がる。
恐怖が蘇り、指先はかすかに震えた。画面に映る自分の顔が、どこか違うものに見えた。
長瀬の精神的トラウマは、今後長きにわたって付きまとう事だろう。
長瀬はふと、静かな病室の天井を見上げた。
「……終わった、のか?」
しかし、その問いに確信は持てなかった。
影が消えた。それでも、何かがここに残っている気がする――
いや、この事件は、まだ終わっていない。
あの向こう側の脅威は消えたわけではない。ただ潜んだだけのような気がする。
そうだ、終わったのではなく次の機会を待っているだけなのだ。
むしろ、これからが 本当の幕開け なのかもしれない。
フィナーレのカーテンコールはまだ聞こえない。
幕はまだ――開いたばかりだ。
終幕は、まだ遠い。




