11 ネオコルム
ドニはニーナを抱き上げると、走ってネオコルムの結界を越えた。ジャンとアンナも後を追った。速すぎて途中見失ってしまったが、街の猫族にドニがどっちへ行ったか教えてもらえた。すでにニーナの事は国中に知れ渡っているそうだ。
声を掛けたかったが我慢した、道を聞かれて嬉しかった、と照れながら言う。あまりに可愛らしくてアンナは嬉しくなった。ニーナは歓迎されているようで心底ホッとした。
ドニの行き先はドニが建てたという家だった。可愛らしい家だった。街に馴染む白い家。屋根は青かった。ニーナは青が好き、という情報があったようだ。
ノックをするとすぐドニが出てきた。
「ごめんなさい。置いて行ってしまいました。気が急いてしまって。」
「街で教えてもらえたから大丈夫だ。ドニが建てたんだって?いい家じゃないか。」
「ありがとうございます。ニーナ様は今お部屋をご覧になってますよ。ジャン様とアンナさんのお部屋もありますよ。」
「嬉しいです!ありがとうございます。ドニさん。」
アンナは自分の家を別に探してニーナの下に通うつもりでいた。思い掛けない配慮に涙が出た。パルニアとは違い、気遣ってもらえて嬉しかった。
「お部屋にご案内しますね。アンナさんに初日からお料理していただくのは申し訳ないので、今日は食事に行きましょう。」
ドニの言葉を複雑な気持ちで聞くアンナ。もしかしたら料理人としてここに居るのかもしれない。
その夜、ジャンがニーナの部屋に来た。ニーナはジャンを部屋の中に招いてお茶を勧めたが断られた。
「ニーナ、ボク謝らないといけないことがあって。」
「ジャンが私に?何かあったかしら?」
ジャンはニーナの顔が見れなかった。
「生まれる前の事なんだけど、」
「うん。」
「ボクが戯れたせいで龍玉が亜空間から転移したんだ。その先でニーナを選んだ。そのせいで魔力が増えたニーナはアマリリスに怖がられれて、養育放棄を・・・」
ニーナは首を横に振った。
「ジャンは私の命を護ってくれたのよ。」
「どういう事?」
「リリアンの炎玉。」
「あれは、ニーナの魔力がアマリリスを怖がらせたからで。」
「確かにそういう理由で私を撃ったと思うわ。でも、そもそもリリアンは炎玉を誰かに向かって撃ちたいのよ。龍玉の結界魔法がなかったら私は早々に。」
「まさか・・・いや、あり得るな。」
「両親の無関心は悲しかったけど、ジャンとアンナが居てくれた。ジャンのおかげでドニにも会えた。それに私はこれから自由よ。楽しい事だって今まで以上にあるに決まってるわ。だからジャン、顔をあげて。今まで、私を護ってくれてありがと。」
「ニーナ。」
「これからもよろしくね、ジャン。」
「ニーナ、こちらこそよろしく。」
ニーナとジャンは握手をした。
安心できる場所でぐっすり眠った翌日、ニーナたちはネオコルムの街に来た。街には猫族がほとんどで、人もいた。猫族に害を与えない人はネオコルムで過ごす許可が貰えるらしい。
「猫族はどのくらい居るの?」
「数えた事はありませんが、意外と居ますよ。ちなみに猫族は四種に分けられます。」
「お世話猫と人型、猫型、獣人型の四種!」
「正解です。猫型、人型、獣人型はジャン様が変身する姿でなんとなくお分かりかと思います。獣人型は大きさも変えられる事も?」
「ええ。初めてジャンにあった時と聖堂で助けてもらった時で全然大きさが違ったわ。可愛いジャンとかっこいいジャン。」
ジャンが照れていたのでドニはしばらくジャンを眺めていた。
「大きさが変わると見た目も結構変わりますよね。可愛いとかっこいい。その通りかも。」
「さて、ここからが本題です。街の市場に晩ごはんの材料を買いに行きましょう!」
「街へ行っていいの?」
「もちろんです。お一人でも、と言いたいところなんですが、猫族はニーナ様に興味津々なので、しばらくはジャン様かドニがお供します。あ、アンナさんにも興味津々なので、別々に動けるように専属のお世話猫を呼びました。」
「え!私もですか?」
「アンナさんはニーナ様をお育てした方で、ジャン様のご友人ですから。」
「なんかすみません。」
「こちらこそ猫族がすみません。さあ、こちらにいらしてください。」
ドアが開くと緊張した様子のお世話猫がいた。
「トマです!よろしくお願いします!」
「トマさん。アンナです。こちらこそよろしくお願いします。」
「トマもこの家に住みます。アンナさんが外出する時にお連れくださいね。」
「アンナ様、今日はどうなさいますか?」
「トマさん、今日は街で食材を、とさっきドニさんが。」
「分かりました。初護衛業務頑張ります!」
「トマはお世話猫大会、護衛の部の優勝者なんですよ。」
「ごえい?私危険なんですか?」
「いえいえ、念のためですよ。猫族に絡まれると長いので。さあ、行きましょう!美味しい食材が待ってますよ!」
その日の夕食は久しぶりに美味しかった。アンナの料理はトマも絶賛。パルニアの家を出て良かった、とニーナは思った。
それからニーナもアンナも自由にネオコルムでの生活を楽しんだ。街は綺麗でユーエラニアの王都に比べたら少ないが、様々なお店もある。本屋や雑貨屋、市場を回り、食事処や甘味屋で食事をする。お金の使い方も覚えた。最初はモノ珍しそうにしていた猫族も段々とニーナやアンナが日常の一部になっていった。
アンナは橋の交易場と聖堂を介して、家族と連絡を取った。ニーナを育てていた間気を抜くことができなかったアンナが家族に会ったのは、十年振りだった。家に代々伝わる絵本を持ってきてくれて、アンナはネオコルムの食材を家族に渡した。
「なぜアンナはネオコルムに?」
「何があったかはごめんなさい、言えないの。でも今は楽しく暮らしているわ。いつか話せる日が来ると思う。お父さん、お母さん、体を大切にしてね。何もできなくてごめんなさい。」
「アンナが自分の足で立って楽しく暮らしてくれたらそれが一番嬉しいよ。お前こそ体を大事にな。」
家族は抱き合い、再会を誓って別れた。
セルジュの側近がアンナたち家族を監視していたが、特に報告する事は見つけられなかった。接触を試みたがアンナはすぐ結界の中に戻って行ってしまった。ネオコルムの結界の中に居れば安全だった。
今日は街で上演されている舞台を観に来た。ネオコルムは娯楽も多い。猫族の間で有名なゾーイの物語。ゾーイはコウの元お世話猫で、コウと一緒に、不当に働かされていた多くの猫族を自由の身にした功労者。もう一人の功労者、ルドルフを身を挺して護ったこともあり、特にお世話猫の尊敬を集める存在でもあった。