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4.行き遅れ伯爵令嬢14歳の夏(初恋)

 翌日、ニコル伯爵と夫人は、縁戚のタイナー伯爵家のお茶会に招かれ朝から出掛けていた。

 昼食を終えたエリックは、二階の部屋で遮光カーテンの隙間から何かを待つように外を見下ろしていた。そしてお目当ての日傘が邸から出てきたのを確認するとため息をついた。

 くるくると回る日傘の隙間から、空いた手で本を抱えているのがチラリと見え、慌てて本棚から一冊本を取り出すと脇に抱え部屋を出た。

 階段を降りた所で侍女に「どちらへ?」と声を掛けられた。

「姉上と散歩に行ってくるよ」

 丘の上の教会へ―――とは伝えなかった。


 昨日、エリックは姉には言わなかったが、男の『カミーユ』という名は偽名だと感じていた。

 偽名の理由は分からないが、咄嗟に姉の名を『カレン』で自分と幼馴染という設定にした。

 何故なら、男の姉を見る目が、他の男のソレと同じだったからだ。

 何人も見ているから分かる。


 そう、一目惚れというやつだ。


 年を重ねる毎に美しい淑女に成長する姉にはデビュタント前にも関わらず縁談の話が次から次へと届く。それを姉はいつも困った表情で誤魔化し、目を逸らしてきた。


 が、昨日は違った。


 あの男から目を逸らさなかった。


 もしや・・・と脳裏をよぎったが、来年デビュタントを控えている姉に変な噂が流れるなど、あってはならない。

「まったく・・・何で僕は教会へ行きたいなんて言ってしまったんだ・・」

 前を歩くソフィーとの距離を一定に保ちながら、エリックは小さくぼやいた。



 ギイ・・・

 軋む扉の隙間から教会の中を覗くと、講壇の上で胡坐をかく後ろ姿が見えてソフィーの胸は高鳴った。

「カレン?」

 入口へ向けて発せられた女性の名が、胸の奥にチクリと痛みを感じさせた。

(カレン・・・?どういう関係の女性・・・)

「あ、私だわ」

 昨日の事を思い出し、慌てて挨拶をした。



「まあ、可愛い!」

 講壇の上には木の皮で編んだ籠が置いてあり、その中で一羽の小鳥がカミーユの手にしている赤い木の実を欲しそうに鳴いていた。

「この辺、森ばっかでつまんないだろ?たまたまこの教会を見つけて中に入ったら落ちてきたんだ」

 そう言いながら上を見上げて天井を指差した。隙間から空が見え、傾いた巣も見えた。

「手当てしてたんだけど他の雛鳥達が巣立つ日に間に合わなかったんだ。一人じゃ寂しいよな・・・」

「でも・・・喜んでいるように見えますよ?ほら」

 小鳥の口ばしへ木の実を近付けると勢いよくついばんだ。

「ね!」

 ソフィーの言葉に、その笑顔に、カミーユも自然と微笑んだ。我に返り照れ隠しに思わず木の実を口に入れた。なかなか美味い。

「ところで、カレンは今日はどうしたんだい?」

 カミーユに問いかけられソフィーは我に返る。

「えっと・・・も、森・・裏の森で陽射しが遮られてて涼しいから、ここで読書でもしようと思って!」

 そう言いながら長椅子に腰を掛け、持って来た分厚い本をパラパラと捲り始めた。

「確かに!俺もここで昼寝してから帰ってるんだ」

 カミーユは同じ長椅子に寝転がり、ソフィーを見上げていたずらっぽく笑って見せた。

 ソフィーは見つめられ、赤くなった頬を隠すように本を読んでいるふりをした。

「随分難しい本を読むんだね。経済学の論文を集めたやつだろ?」

「知っているのですか?本のタイトルだけでは内容は分からないと思いますが―――」

「うちの図書館にあるよ。散々読まされたよ、はぁ・・・」

「・・・図書館ですか?」

「あ!図書館みたいな本棚が!こーんなに沢山あるんだ!」

 カミーユは慌てて起き上がり、両手で大きくジェスチャーしてみせた。その動きが可笑しくてソフィーは思わず笑ってしまった。

「ふふっ、大きな書斎をお持ちなんですね―――あっ」

 口元を隠していた手をカミーユに取られ、ソフィーの心臓が大きく跳ねた。

「カレンさえ良ければ、うちの図書館に―――」


『カレン』と呼ばれソフィーはハッとした。


 同時にカミーユとの間に腕が伸びてきた。

「はーい、そこまで!離れて~!」

「エリック!?」



 カミーユの左隣にエリック、その左隣にソフィーが座るという不思議な光景が出来上がった。他にも座れそうな長椅子はいくつもあるというのに・・・。

「読書をするにはいい場所だなー!」

「・・・」

「・・・」

 気まずい空間の中、エリックは楽しそうにカミーユを横目で見ながら、手元では頁を捲っていた。

 カミーユはその視線を避けながら『カレン』をちらりと見ると、エリックが読んでいる本の内容が視界に入り思わず噴き出した。

「プ・・クク・・可愛い本を読むんだな、エリックは・・っ」

「え?」

 ソフィーがエリックの左側から覗き込み、タイトルを読み上げた。

「“お姫様になるための10カ条”・・・まぁ」

「!!!・・ぼっ、僕のじゃないよ!!!」

 エリックは顔を真っ赤にして否定する。

 そう、エリックのではない。滞在しているタイナー邸の本棚にあった本をたまたま手にしただけだった。内容どころかタイトルすら確認せずに持って来てしまった。

 カミーユも覗き込み真面目に分析する。

「5歳くらいの女の子向けかな?あー、いや、好みは色々あっていいと思―――」

「僕は12歳だ!!」

 思わずカミーユへ向かって申告した。―――が、彼と目が合わない。辿ると目線の先はソフィーだった。


「カレンはエリックより年上に見えるね?」


―――しまった!


「はい、14歳です。来年デビュタントです」

「デビュタント・・・やっぱりどこかの貴族の令嬢だったんだ。所作が綺麗だからもしやと思ったよ」


―――しまった!!


「そんな、私なんて・・・カミーユも貴族なのでしょう?」

「そうだね。16歳になって婚約者を絶賛募集中だよ」


―――しまった!!!


 エリックは恐る恐るソフィーの方へ目を向ける。


 姉は頬を赤らめカミーユを見つめていた。


「―――・・・」

 エリックは姉がカミーユと同じ潤んだ瞳をしていると分かっていた。が、姉を守るためだと気付かないふりをし、姉の恋の邪魔をしていた。


(あんなに日傘をくるくる回す姉上、初めて見たな・・・)


 タイナー邸を出るソフィーの姿を思い出し、エリックの口角が少し上がった。

 エリックは考えた。

 現状、ソフィーへの縁談は引っ切り無しに来ている。デビュタントが終われば姉の思いとは関係なくすぐに決まってしまうだろう。

 二人の会話から、カミーユも貴族だと分かった。ならば彼に全てを託してもいいのではないか。家格はこの際二の次だ。


 姉の幸せを第一に―――。


 パタン


 お姫様になるための10カ条を閉じた。

「先に帰るよ。僕が読みたい本はこれではないからね」

 本を脇に抱え、エリックは教会を出た。


 それから一週間、日傘は毎日くるくると回った。


 更に三日後、事件は起きる―――。


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