3.行き遅れ伯爵令嬢14歳の夏(出会い)
その夜、ソフィーは浅い眠りの中、懐かしい夢を見た。
14歳の夏。
例年、ニコル伯爵家は避暑の目的で夏の間、領地で過ごしている。しかしその年は猛暑に見舞われ、比較的過ごしやすいと言われた縁戚のタイナー邸まで足を運ぶ事にした。
王都の東にあるベント地区は、元々王族が別邸を構えるほど木々に囲まれた静かな土地で、タイナー伯爵家の領地はその私有地に隣接していた。
向かう馬車が白樺のアーチを抜け、太陽の眩しさに思わず目を細めると、その先にオールドパインの大きな邸が見えた。現在は使用されてないそうだが真新しさを感じる。
「姉上!丘の上に教会があるよ!行ってみようよ!」
邸に到着するや否や、エリックはソフィーに駆け寄り外へと誘った。
「エリック一人でどうぞ」
ソフィーは手にしていた本を読もうとテラスへと歩き出した。つられてエリックも後ろを歩き出す。
「姉上~!」
邸の中は事前に清掃が済んでいたとはいえ、同行した数名の使用人は荷物の運び入れやお茶の準備で慌ただしかった。
「大人しくしてなさい」
12歳になったばかりの弟にこの言葉は酷だったか?とソフィーは思ったが、
「皆の仕事の邪魔になるから誘ってるんだよ!」
その返答に観念した。
「お父様とお母様が、いいと言ったらね」
丘の上の教会は、深い森を背に静かに佇んでいた。伸びた森は涼しげな木陰を作り、ソフィーは差していた日傘を閉じた。そして出掛けに聞いた父の話を思い出す。
『あの教会は何年も使われていないんだ。危ないから中へは入らないように。あと、裏の森の奥には王族の方々がいらっしゃる。絶対に行ってはいけないよ』
遠くから見たときは分からなかったが、教会の敷地にはソフィーの腰の丈ほどある雑草が生い茂っていた。建物を見上げると、崩れそうな壁に、雨を直接浴びそうな屋根のような物が見えた。
視線を下げると門から入口へと繫がる石畳をズンズン進むエリックがいた。
「エリック!」
止めようと慌てて駆け寄るが、既に入口の扉に手を掛けていた。
ギイ!と軋む音が大きく響き、肩を竦めた。
「誰だ!」
「キャアアアアア!!」
突然の大声に今度は悲鳴をあげた。
「うわっ、ちょっ、響くから静かに・・・っ」
入口から中を覗くと、正面に置いてある講壇の上で少年が胡坐をかき、両耳を両手で塞いでいた。
ソフィーは怖くなりエリックの姿を探すが辺りにいない。
「・・・耳・・が・・・」
か細い声を辿ると、両耳を両手で塞いだ弟が床に倒れていた。
「エリック!?」
「おい、大丈夫か?」
ソフィーが慌てふためいていると、講壇の上にいた少年が素早くエリックに駆け寄り、手を差し伸べていた。その手を取り起き上がろうとするエリックの体を支えようと、ソフィーも手を伸ばした。
少年はソフィーに気付いて顔を上げた。同時に彼の動きが止まった。
ソフィーは動きを止めた少年を見上げた。目が合い、動けなくなった。
(なんて綺麗な人なの・・・)
シルバーブロンドに、王国では珍しいエメラルドグリーンの瞳。唇は薄いが艶やか。真一文字だが口角が少し上がっていて優しそうに見える。
(吸い込まれそう・・・)
目が離せなかった。少年も何故が動かなかった。
「・・・」
「・・・」
「え?起こしてくれるんじゃないの?」
エリックの声に二人は慌てて彼の体を起こした。
座れそうな長椅子に姉弟は並んで腰を掛け、前の長椅子に少年が振り返る恰好で座っていた。
「じゃあエリックはここへ探検に来たのか。見た目よりやんちゃなんだな、あははっ」
明らかに精神年齢が低いと言われ、エリックはこめかみをピクピクさせた。
「僕より年上に見える貴方はこんな所に入って、かなりのやんちゃなんですね!」
そのやりとりにソフィーはハラハラしながら二人を交互に見る。
「エリックの言う通りだ!あはは」
「さっきから僕の名前を連呼してますけど、失礼だと思わないんですか!」
「!!これは失礼した。俺は・・・カミーユだ」
不自然な間に、エリックが何かを感じ取った。
「・・・エリック、彼女の名前を聞いても?」
カミーユと名乗った少年は、はにかみながらソフィーに目を合わせてきた。
「・・・私は、あの、ソフ―――」
「カレンです」
“ソフィー”と名乗ろうとした瞬時に、エリックが別の名前を被せた事にソフィーは驚いてエリックへ顔を向けた。
「カレン・・・綺麗な名前だね。・・・二人は・・・その・どうゆう関係?」
カミーユは、背もたれに掛けていた右腕で顔を隠すように頬杖をついた。目線はカレンへ向けられたまま―――。
「エリックはお―――」
「幼馴染です」
“弟”という言葉を遮られ再びエリックへ顔を向けると、カミーユを見つめたままソフィーの左手を握ってきた。思わずカミーユを見ると、彼の瞳は大きく見開かれ、ふいっと視線を外された。
何故かソフィーはショックで俯いた。
「・・・カレン、そろそろ帰ろう」
エリックはソフィーの左手をひいて、二人は教会を後にした。




