2.冷酷王太子の噂
ハドリー王国には二人の王子がいる。
兄のウィリアム・ユージン・ハドリー、27歳。
弟のグランヴィル・カーロス・ハドリー、25歳。
二人とも正妃の嫡出子である。
どちらも婚約者は決まっていないが、今回ニコル伯爵家に届いた書状は兄のウィリアムとの縁談だった。
しかしこのウィリアム、16歳で婚約が決まった途端、あろう事か婚約者のご令嬢と男女の事に及ぼうとした。しかも携行していたナイフで婚約者のドレスの胸元を切り裂く、という狂気だった。
彼は露わになった乳房を見つめ、
『お前との婚約は破棄する』
と吐き捨て、その場から去った。
17歳になると、その行為は加速した。
ハドリー王国では15歳をデビュタントの年齢と定めている。彼はまず、その夜会へ足を運び、自ら婚約者を探し始めた。一人、また一人、婚約をしてはドレスの胸元を裂き、棄て、を繰り返し、翌年には貴族主催の舞踏会や令嬢の誕生日パーティーにも参加し、奇行を続けていた。10年経った今では『冷酷王太子』と呼ばれ、年頃の娘を持つ貴族の中には目を付けられぬよう、王都から離れた領地へ身を隠す者もいるほど恐れられるようになっていた。
「父上!!本当なのですか、その話は!?」
「あくまで噂だ。しかし今までに婚約破棄したご令嬢が20人いるのは事実らしい」
「そんなの・・・権力をかざした戯れではないですか!!」
パン!
向かいに座っていた夫人が立ち上がり、エリックの左頬を叩いた。
「口を慎みなさい!!」
「・・・申し訳ありません」
伯爵は夫人を落ち着かせると話を続けた。
「実は婚約破棄された貴族のご令嬢を数名知っている。その中で親しくいしているバーグマン伯爵家の当主に話を聞いた事があるが、婚約破棄の理由は娘本人が何も言わないため分からないそうだ。ただ、その後すぐに公爵家との縁談が決まったと言っていた。他の婚約破棄された令嬢も同様に家格が上の貴族へ嫁いでいるそうだ」
その話はまるで、息子の不祥事の尻拭いをしているかのように聞こえた。
だが逆に考えれば、暴悪な振る舞いを我慢すれば格上の相手をあてがってくれるのだ。
きっと『頭の固い行き遅れ』の噂もあっという間に返上出来、ニコル伯爵家の威厳も保たれるだろう。
第一、書状が届いた時点で決定しているようなものだ。
「ソフィー、これは王族の命令だ。辞退は出来ない。分かっているな」
「はい、お父様」
静かなリビングにソフィーの声がよく響いた。
侍女が淹れなおした紅茶を一口飲む。
冷めた紅茶はソフィーの心のようだった。