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社畜は人生を終了させるから定時で帰りたい

 人生は理不尽の連続だ。

 先輩のどうでもいいような愚痴を延々と聞かされ、上司の確認ミスをこっちのせいにされ。連日の残業も、年末年始の休みに向けての各所の尻拭いも。何故私がやらされているのか。「こういうの得意だよね?」と(笑)で悪びれる様子もなく言ってくる輩。こめかみと眉がピクリと反応するけど、わざと長めに残しておいた髪のおかげで隠れて見られることはない。

 そんなどうしようもない待遇で、まともな人は入って早々に辞めた。連絡が来ればまだいい。連絡も来なくなる派遣なんかはもっと多い。せっかく研修して、慣れてきたらバトンタッチ。私は現場からいなくなりたいのに。そう思って早一年。

 次の有給を取得したら、溜まっている分を一気に使って辞めてやる。

 そういうところが自分でもだめだとは思う。でも、どうにも踏ん切りがつかなかったのだ。

 でも、もうそんなのどうでもいい。

「マジか……マジかぁ……!!」

 ダメもとで応募した年明けの推しのコンサート。しかもかなりの良席。ステージの中央寄り、通路席。しかも前は広めの通路。これは推しが通る可能性がワンチャン。

 散々運が悪かったけれども、ようやく運が向いてきた気がする。抽選系は毎回ダメだったのに。嬉しすぎてついでに買ったこともない年末ジャンボなんぞもひとセットだけ買ってみた。

 チケットを見ただけでにやつく程度には今の私ヤバい。でもオタクなんてそんなもん、と言い聞かせていた。


 しかし、そんな幸せも連日の激務で減った気力は回復しても体力までは回復してくれない。確実に疲労が蓄積しているのがわかる。固形物を食べたくなくて、とりあえずの栄養補給ゼリーを流し込む。追いビタミン剤に栄養ドリンク。納期前の魔剤はほどほどにしたが、どうしたって頼らざるを得ない状況になってしまう忙しさ。

 玄関の鍵を閉めて、揃える気すらなく靴は脱ぎ捨て、鞄も放り投げて電気もつけずにソファに倒れこんだ。目測を誤ってちょっと硬い部分にぶつかった。……おでこ擦ったかな。

 シャワーを浴びなきゃ。着替えて上着をハンガーに。そろそろちゃんとしたご飯も食べないと。ソファじゃなくてちゃんとベッドで寝て……。

 そういやクリスマスだった。なんて頭のどこかで思い出して、糖分を求めだした脳がケーキ買っておけばよかったのにと文句を言う。

 とてつもない眠気だけが襲ってきて、もう目蓋を開けていられなかった。




 しゃん、しゃん、と遠くで鈴が鳴っている気がした。

 その日の夢は、いつも見るような夢とは違っていた。

 小さい頃の私。反抗期の私。就活で必死になっていた私。恋人と一悶着あってぼろぼろになっていた頃の私。

 わー、何これ。見たくないような思い出までもが映画のように流れていく。

 そこで、もしかして、と思う。


 もしや、走馬灯?


 かもしれない、と思った瞬間、バシャッと音がして画面が止まった。

 よく知った風景。私が住んでいるマンションだ。

 外が明るくなりかけている。一日は案外短い。

 暗かった部屋が薄っすらと見えるようになってきて、私はいつの間にかソファの前に立っていることに気づいた。

 けれども見下ろすソファには私が横たわっていて、眠っているようにも見える。でも、そこにいる私はぴくりとも動かない。血の気がなく、冷たい印象があるのは部屋が冷えきっているせいだけではないだろう。


 あ、死んだ?


 そう思った瞬間、意識が後方に急速に引っ張られた。視界がぐるぐる回り、部屋があっという間に遠のいていく。

 これで終わりなのかと思うと、当然と言えば当然な気がする。夢だとしても、あまりにもリアルすぎるような臨死体験? のような。

 まー……社畜の終わりなんてこんなもん?

 意識がどこかに引っ張られていく間、脳内ではどこか他人事で別世界のように聞いていた『過労死』がふわっと浮かんできた。


 もう働かなくていいのかと思うと、根が働きたくないマンの私としては大変にありがたい……って。待って。待って、待って!


 私が死んだら、推しのコンサートに行けないじゃない! しかも今回は結成記念日! 何が何でも行かなきゃでしょ。死活問題。死んでる場合じゃない。

 それに、年明けにはゲームのコラボカフェも決まってる。入店のためのチケット戦争は必須だし、予約してたゲームも発売する。昔から好きだったラノベのアニメ化も発表があったし、同人イベントの参加申し込みもして原稿の途中だというのに! HDDの中身も何もかも残したままなのに! この間PCメンテするのに何度も再起動するのに面倒でパスワード解除したままなのに!!!!!! 死んでる場合じゃない!

 死んでる場合じゃないでしょ、私!!!!!!!!!!

 でも、もし神様が意地悪して、本当に私の寿命がきちゃったっていうんなら、最近よく見る転生系でおねしゃす。正直、またこの世界で社畜にはなりたくない。できることなら推しがいるアースに生まれてきたいけれども同じ時間軸とも限らないし。

 さらに言うなら今の記憶持ったままで行きたい。何かしらのチート能力もつけてくれると嬉しい。あと、今の断崖絶壁はちょっとつらすぎるので今度は逆にGとか――いやいやせめてDくらいはほしいところなので、この可哀想な社畜めになにとぞ、なにとぞ慈悲を……!


 ただ消えるよりかはと『次』に願掛けをするあたり、普段の信仰心/Zeroに近いじゃぱに~ずらしいなぁと思いつつ私は祈ったりなんかしてみた。


 急にぱっと引っ張られていた力がなくなり、私は盛大に転がりこんだ。

 ごろごろと転がり、壁に強かに身体を打ちつける。痛みは本物だ。

「いったぁ……」

 辺りは薄暗いが、上のほうからわずかに光が入ってくる。

 上部の隙間からは滝だろうか、勢いよく水が流れ落ちている。ごぼごぼとした耳障りな水音が聞こえてくる。

 しかしここは一体どこなのか。足元の通路はコンクリートのように見える。が、こんな高い天井のある建物、見たことがない。室内で滝なんて二次元くらいでしか見たことないし。

「チュートリアルはなしですか、神様……」

 はぁ、とため息をついてとりあえず立ち上がって先に進もうと決めた。

 そこで違和感に気づく。

 視線が低い。歩こうとしても上手く力が入らず、動けない。

「まさか本当にチート転生できた系??」

 だとしてもこんなところからスタートとはどんなバグなの。

 思っている以上に自分が上手く動けなくて、またよろけて壁にぶつかった。

 ぶつかったそれは、少し汚れていたがきらりと光って、薄く差し込んだ室内を照らし出す。

 鏡の役割をしたそれは、私の姿を映し出す。

「――――~~~~っっっっ!!!!!!!!!!」

そこに映っていたのは、チャームポイントの触角。にょっと伸びたそいつに、ギシギシとした関節。薄めの羽に、メタリックというか油ギッシュにテカる流線型ボディ。

そう、紛れもなくヤツさ。

 ヒュゥ――

 私は私を見て文字通りひっくり返った。


 GはGでも害虫のほうのGだなんてこれっぽっちも望んでない。

 神様、私がいったい何をした。


 私、赤羽小夜。オタクで腐女子が、Gに転生するって、そんなことある??


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