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最終話 高校に行っても

 五か月後。

 咲は、やみこと家の近くにあるカフェで待ち合わせていた。


 中学を卒業して以来、今日までやみことは会っていなかった。

 特に理由はなく、なんとなく連絡をとっていなかっただけ。

 そのまま夏休みを迎え、ふと咲はやみこに会いたくなって、メールを送ったのだった。

 

 ひさしぶりにやみこと会う。

 以前は毎日顔を合わせていたから、半年近く離れていただけでもずいぶん長いあいだ会わなかった感覚がある。

 咲はそんな緊張感にも似た期待とともに、だがもうひとつ、少し暗い気持ちも抱えていた。


 県内一の進学校に入学した咲。

 中学では優等生で、つねに学年上位の成績をおさめていた。

 だが高校では自分以上の学力の生徒が居並ぶ中で、勉強になかなかついていけない。

 苦悩が顔にも表れていたのか、友人もなかなかできなかった。

 自分から、同級生の輪の中に入っていくことができない。強い劣等感を感じている状態で、他人の顔を見ることすら、なぜか怖かった。

 こんなことはいままで――高校に入学するまでの学校生活で、こんなことはいままでになかった。それだけに、咲は自分がどうすればいいのか分からずにいた。


 ある日から、咲は自分の感情をごまかすことにした。

 教室内では、がんばって元気ぶる。勉強ができなくても平気だという面をして過ごす。

 テストの点数が悪くても、気に留めないふりをする。

 すると、友人はほどなくしてできた。でもそれは、辛い内心を隠したままのつきあい。

 仲間外れになりたくないがための、仮の自分を演じながら話す教室内での会話は、咲にとって苦痛だった。


 なぜいまになって、やみこに会いたくなったのか。自分にもわからない。

 むしろ会うことで、よけいに暗い気持ちになったりしないか。

 やみこの明るいとはいえない性格に引きずられて。


 不安を抱えたまま、カフェの窓際の席で待っていた咲の目に、店内に入ってきたばかりのやみこの姿が映った。


「やみこ、こっちだよ」


 咲が手をふるとすぐにやみこは気づき、手をふり返してトコトコと走ってきた。

 その表情を確かめたとたん、咲は一瞬、戸惑いをおぼえた。


「咲、ひさしぶりー!」


 と、声を上げながら咲の前にくると、いきなり両手を握ってくるやみこ。

 咲は驚きながら、やみこをみつめた。


「えっ、やみこ……? ほんとうにやみこ?」


「あったりまえでしょ? もう私の顔、忘れた?」


 伏せがちだったまぶたは強く開かれ、口元には笑みが浮かぶ。以前のやみこからは考えられないくらい、明るい表情――


「咲、元気だった!? 私はすごく元気よ!」


「あ、うん。そう……だ、ね」


「どうしたの? 咲、なにかイヤなことでもあった? じゃあ私に言ってみてよ! 私、全力で咲をはげましちゃうから!!」


「いや、その……や、やみこ」


 言葉を濁す咲。

 それは、自分が高校での悩みを抱えて元気がないから――ではなかった。


 原因は、目の前のやみこ。


 やみこは、たしかに口元を上げて笑ってはいる。だが、目がまったく笑っていなかった。

 表情も、笑顔というよりはどこか強ばったように見え、引きつった笑みになっていた。

 ポジティブな性格を全面に押し出そうとはしているが、明らかに無理を装っているのが分かる。

 正直、怖い。


「やみこ……元気なふりをするのはいいけど、ムリしなくていいよ」


「どうして!? 私、こんなに明るいのに!!」


「そ、それ! 口元引きつっちゃってるし、つくり笑顔なの丸わかりだよ」


「そんなことないよ! 私、すごく元気だもの!!」


「やたらと声を張り上げるのも、違和感大アリだよ……」


「そんな……」


 すると、やみこは気勢が一気にしぼんだようにがく然とした表情になった。

 その様子をみてはじめて、胸をなでおろす咲。

 とりあえず席についてカプチーノとケーキを注文してから、やみこは高校に入ってからのことをブツブツと語り始めた。


「高校に入ったら『私、変わるんだ』って決めて、入学式のときからこんなにポジティブになったのに、やっぱり友だちできないし……私、もうどうしていいか……」


 あんな強制された笑顔みせられたら、だれでも怖がるよ。とはいえず、ただ苦笑する咲。


「ポジティブさが足りないのかな……もっと元気な感じで……家を出た瞬間から一秒ももらさず笑顔にしていれば、自然と同級生が話しかけてきてくれるはず……」


「いや、それはやめたほうがいいと思う、たぶん」


「どうして。咲みたいに明るい性格になれば、私にもすぐに友だちができると思ったのに」


 うなだれるやみこを前に、咲は別の言葉が引っかかっていた。

 私みたいに、明るい性格。

 自然体でいられた、中学生のころの自分。

 やみこにとっての私は、あのころの私のまま。


「――やみこは、やみこのままでいいのに」


「えっ……」


「私、暗いやみこが好きだよ。性格が明るいか暗いかなんて、そんなの友だちつくるのに関係ないよ。自分が一番自分らしくいられる性格でいいじゃん。無理せずありのままでいる方が、友だちだってできると思う。自分にウソついたって、いつかばれるもん。だから、やみこはそのままでいいんだよ」


 それは、いつのまにか自分自身に言い聞かせる言葉になっていた。

 無理せず、ありのままで。

 自分が一番自分らしくいられる性格。


「――なんだか、アナ雪みたいなセリフになっちゃったね」


 自嘲気味なごまかし笑いで、咲は場の雰囲気をなごませようとする。

 それに対し、やみこは――

 なおうつむきながらも、その瞳にはどこかほっとしたような光がみえた。


「そのままで、いい……本当に、いいの……?」


「うん。やみこが一番落ち着く性格でいいと思う。あの……じつは、私もね――」


「でも私、やっぱりダメだ……」


 咲が告白しようとしたところで、やみこは再び弱々しくつぶやいた。

 まぶたをやや伏せ、両手で頭を抱え、首をふるふると横にふりながら、すっかり自分の世界に入り込んでしまうやみこ。


「だってこの性格のままだったら、もし友だちができたとしてもろくに話もできないし、そうしたら相手を暗くさせるだけだし、教室の雰囲気も私がいるだけで暗くなるし、学校を卒業して働き始めたら職場も暗くなるし、彼氏なんてとてもできないし、万一できたとしても、相手は絶対暗い人間だし、もし結婚して子どもができたらその子供は私以上に暗くなるのは間違いないし、そのまま暗いおばさんになって、暗いおばあちゃんになって、死んでも暗いからきっと天国になんかいけずに地縛霊とかになっちゃって――」


 つぶやき続けるやみこを見ながら、咲はいつのまにか自分の中にあった不安が和らぐのを感じていた。

 やっぱり、いつものやみこがいい。たぶんやみこも、私に対して、そう思っている。

 暗い私なんて、やみこはみたくない、と思う。

 だから私も、いつもの私に戻ろう。

 やみこの前でも、いまの学校でも。

 自分のままでいられた、私に。いま、私自身がやみこに言ったように。


「性格が暗くて天国に行けないなんてことないよ。っていうか、先のことまで考えすぎだよ、やみこ」


「ううん。きっとそうなる。絶対そうなる。――あ、でも私、おばあちゃんまできっと生きられない。私が座っているこのイスの脚がとつぜん折れて、私は床に頭をぶつけて、打ちどころが悪くて死ぬかもしれない」


「いや、そんなことないってば」


「じゃあ、これからくるデザインカプチーノのハートの部分に毒が仕込まれていて、私はそれを飲んで吐血して死ぬかもしれない」


「いや、そんなことないってば」


「じゃあ、この店内に強盗が押しかけてきて、お金を要求するのにスタッフが断ったから、見せしめに私が銃で撃たれて死ぬかもしれない」


「いや、そんなことないってば」


「じゃあ、この店が不良建築かなにかで、いきなり大黒柱が折れて店ごと私たちつぶされて死ぬかもしれない」


「いや、そんなことないってば」


「じゃあ、私たちが外に出たとたん、空から巨大な隕石が降ってきて、人類みな死ぬかもしれない」


「いや、そんなことないってば。やみこ、死ぬ死ぬってあんまり言ってると、本当に――」


 そう咲が言おうとした瞬間。

 店内に、異様なアラーム音が鳴り響いた。


 それはひとつではなかった。いくつも――店内にいる人の数とほぼ同じだけ、そのけたたましい音が聞こえた。

 その音に、咲は聞き覚えがあった。

 緊急地震速報。

 大きな地震が予測され、それが発生する直前にスマートフォンや携帯に届くメール。

 緊張を強いる画一的な電子音が鳴り響く中、咲も自分のスマホをあわてて取り出して、内容を確かめてみた。

 だがそこに書かれていたのは、地震、ではなかった。

 メールの本文に書かれていたのは――



 日本に、巨大な隕石が接近中。あと十数秒後に落ちます。市民の皆様、避難して下さい。



「……どういうこと」


 容易には信じがたい文面。

 内容を理解するのにわずかばかりの時間を要した咲は、戸惑いながらも周りを確認する。

 店内の客は、すでに大混乱となっていた。

 避難しないと。もうすぐ隕石が落ちてくる。

 どこかへ。

 どこへ――?

 巨大な隕石が落ちてくるのに、いったいどこへ、どうやって避難するの。それもわずか十数秒で。


 咲はスマホ片手に店を飛び出した。他の客がそうしているように。

 そして空を見上げた。本当に隕石が落ちてくるのか、確かめようと。

 それは、空にあった。

 燃えるように赤く、徐々にシルエットの大きくなる巨大な円が、空に浮かんでいる。

 隕石を地上から見たことなど、もちろん咲にはなかった。

 だが、その非現実的な光景を目の当たりにして、咲はあきらめにも似た絶望を感じた。

 これが、世界の終わりなんだ、と。

 もうどうすることもできない。


 耳に届く、すさまじいごう音。

 咲は、目の前におとずれた死の光景に全く実感がわかないまま、ただ隕石が落ちる様を道ばたでながめていた。

 こんなにあっさり、人間の命って消えるんだ。

 私だけじゃない。みんな。この町のみんな。もしかしたら、日本のみんなかもしれない。世界のみんなかもしれない

 理不尽だよ。あんまり。


 咲は、涙も出ないまま、 人類最後の数秒を、ただ空を見上げて過ごすしかなかった。













「――っていうことになるかもしれないから、やっぱりダメ」


 カプチーノを飲もうとしたところでやみこの「巨大隕石による人類滅亡妄想話」を聞かされ、咲はわざとらしく、ため息をついた。


「やみこ。そのたくましい想像力、ぜったい何かにつかえると思うよ……」


 やっぱり、やみこといる時間は、楽しい。


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