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「飯食いたいです」
デブが俺の背中をぐいぐい引っ張る。
「ちょっと待て。こっちにもあるから」
モールを抜けた先は繁華街がある。食事の場所ならいくらでもあるのだ。交差点を抜けて喫茶店やブティックが立ち並ぶ通りに出る。
一角に緑色の大きな看板を屋根に掲げたレンガ造りの店があった。入口そばに「特製サーロインステーキ」とのお知らせ立て看板が出ている。昔先輩によく連れて行ってもらった場所だ。
ちょうど箒を手にしたなじみのシェフが店の前に出ていた。少しなよなよしてオ〇マっぽい。そっち系の人と噂もあった。俺に近づいてくる。
「どうしたの? 最近顔見せてないじゃない」
「いやステーキ屋だからね」
「ええっ?」
「ステーキ好きだけどさ。肉ばっかは食えないだろ? ほら」
俺はシェフを促して後ろのデブを見せる。シェフは驚愕して両手を万歳した。
「こりゃたまげた…… こいつは肉のかたまりだ」
「分かったろ? もう俺はハイカロリーな食べ物とは縁を切ったんだ」
「このこの」
シェフは肘で俺をつついてニタつく。
「ほんとは食べたいくせに。無理しちゃって」
「なにを言ってる。俺の意思の強さを……」
シェフは俺の言葉を無視して入り口ドアを開けた。かぐわしい焼きたての肉汁の香りがシャワーのように俺を包む。脂がこぼれ、熱がはじけるステーキが目の前に浮かぶようだ。口中に生唾が沸いてきて頭がくらくらする。
「さあさ、突っ立ってないで。入った入った」
こっちの気持ちを見透かしたようにシェフは俺の腕を引っ張り、もはや抵抗できない。デブと俺は奥のテーブル席に案内された。
「さあ、メンタルの精進落としに、とびきりキツいの用意してきたから」
ブロック並の厚み。十分に火の通った表面と、真ん中の赤身が食欲中枢のど真ん中を乱打する。肉への渇望が心の中に噴き出した。
――なんと素晴らしい。
胸いっぱいに胡椒と肉汁の香りを吸い込む。
脳の中のリミットがはじけ飛んだ。もうダイエットなんてくそくらえ。
幸せの固まりに手を伸ばそうとすると横からデブに袖を引かれる。
「ああん? なんだ?」
デブはまじめな顔で言った。
「食わない方がいいですよ。デブのくせに」
俺は椅子を振り上げてその場でデブを殴り殺し、明日からジョギングに励もうと決心した。




