野良猫、思い出す
夜斗は玲央に連れられるがまま、"人事部"と書かれた部屋へと入って行く。そこには、いかにも「仕事出来ます!」と言わんばかりの人々が揃っていた。そしてその人々は玲央の姿を視界に入れると、一斉に立ち上がった。
「おはようございます、専務!何か問題でもありましたでしょうか?」
「おはよう。問題はないから大丈夫だよ。ただ...彼の面談と簡単な実技テストをしてほしくってね。ヨル。彼は人事部長の斉藤だよ。斉藤、彼はヨル。訳あってうちで面倒を見ているんだが、働きたいと言うので先ずはアルバイトからでもどうかなと思ってね。」
玲央がそう言うと、斉藤と呼ばれた人事部長は夜斗に笑顔を向け「ヨル君だね。よろしくお願いします。」と言ってきたので夜斗も慌てて頭を下げる。気さくそうな人に見えるが、人は見かけによらないと言いますし...。現に玲央が表向きはニコニコとしていてるのだが、重い愛の持ち主である。だから警戒しておいて損はないであろう。
「それじゃあ、こちらのブースで話しを聞かせてもらおうかな?」
「...よろしくお願いします。」
「あぁ、そんな固くならないで。専務の紹介だからね。信用はしているよ。」
流石"専務"。まるで魔法の呪文のように人々からの信頼を得る。だが、ここで本当の事を言ったら果たしてどうなるのだろうか。毎夜毎夜違う男にすり寄って、寄生しながら生きてきたのだと。きっと玲央の信用問題にも関わるのではなかろうか。ここで玲央に迷惑をかけてしまっていいものなのだろうか。 そんな事を考えていると、ふと、気がついた。今、夜斗がしているのは自分の心配ではなく、玲央の心配だ。こんな自分が他人の、知り合って間もない人間の心配をするなんて...。そんな事思ってもみなかった。夜斗は自分の中にまだ人の心が残っているのだと少しばかり安堵した。
「それじゃあ、簡単に今までの経歴を聞いてもいいかな?」
「...正直にお話しします。私は中学を卒業してからまともな生き方をしていません。仕事もまともにしてきていません。」
「それでも君は今こうして生きている。それは誇りに思っていい事だと思うよ?」
「...え?」
人事部長である斉藤の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。普通だったらこんな人間、アルバイトでも不採用であろう。まさかこれも玲央の存在が大きく関わってきているのか?そういう思いが顔に出ていたのだろう。斉藤が、「専務の推薦と言うのもありますが。」と声をかけて来た。
「私個人として貴方の"目"を見て、信頼できるに値すると感じました。嘘をつかず、本当の事を隠しもなく言ってくれた。私はそれがとても嬉しいです。」
斉藤はそう言うと、「面談は以上です。」と言って一台ノートパソコンを差し出してきた。
「これから我が社の実技テストを受けていただきます。簡単なWord、Excelの操作を見るものなので安心して受けてください。それでは始めて下さい。」
斉藤の言葉を皮切りに夜斗はテストを開始した。どの問題も夜斗にとっては簡単な物で通常30分ほどかかるテストをものの10分で終わらせた。それには斉藤も隠れて見ていた玲央も驚きを隠せないでいた。
「ヨル君...。君本当に働いた経験ないのかい?こんなに早くテストを終わらせられた人間はいないよ?」
「...昔、お世話になった先でちょっと齧っただけです。」
そういう夜斗の顔は少しばかり曇っていた。そう。"昔の男"。夜斗にとっては忘れたくても忘れられない、"最初の男"。




