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悪役王女は筆を取る――物語で運命を書き換えます  作者: 鴨治玲


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35/35

別れは、終わりじゃない

両手に冷たい手枷を嵌められたまま、エレオノールは王宮中枢の議場へ連れて来られた。


白亜の柱が並ぶ広間には、この国の重臣たちが顔を揃えている。

磨き抜かれた床に左右へ整然と並ぶ席には押し殺された気配が満ちている。


高座に国王の姿はない。

代わりに、その左右へルイとジョエルが座している。

どちらも端正な顔立ちを崩さぬまま、対照的な静けさを纏っていた。


兵士に促され、エレオノールは議場中央へ進まされる。

鎖が床を擦り、乾いた音が広間へ響く。


中央へ立つと、法務卿が書状を開き、抑揚のない声で告げた。


「審議の結果を申し渡す」


前置きはなく、情状を語る言葉もない。


「エレオノール・メルダ。貴殿をアンフェルス国へ追放とする。以後、王族待遇を剥奪し、レガリア王国への再入国を禁ずる」


その宣告が響いた途端、議場が凍りついたように感じられた。


――アンフェルス国。


閉ざされた山脈の向こうにある辺境の国。

深い森と断崖に囲まれ、他国との往来もほとんど存在しない。

竜が空を巡り、森に拒まれた者は二度と戻れない――そんな噂が社交界で語られる土地だった。


さすがのエレオノールも、その国名には表情を失った。


――本気なの?


死罪ではない。

だが、救済と呼べる処分でもなかった。

想像もしない結末に、エレオノールは自分の輪郭が曖昧になっていくような感覚を覚えた。


あまりに異質な裁定に、列席している貴族たちまで声を失っている。

誰もが平静を装っていたが、揺らいだ内心は隠しきれていなかった。


エレオノールは無意識のうちに、一人の男を見つめた。


ルイは微動だにせず、正面から彼女を見ている。


迷いは見えない。

同情もない。罪悪感すら感じられなかった。


そこにあったのは、自ら決めたものを背負い切る者の静かな覚悟だけだった。


その眼差しに、胸の奥が揺れる。


――何を考えているの。


本当に自分を切り捨てたのか。

それとも別の意図があるのか。


読み取れない。


視界の端では、ジョエルが穏やかな笑みを浮かべていた。

勝者の余裕にも見えるし、別の愉悦にも見えた。


けれど、今のエレオノールにはどうでもよかった。


彼女はただ、ルイだけを見つめ返す。


問いを突きつけるように。

本心を暴こうとするように。

あるいは、まだ信じられる何かを探すように。


それでも最後まで、彼の真意へ辿り着くことはできなかった。



兵士に導かれて辿り着いたのは、以前ハルカと会い、着替えをした小部屋だった。


室内へ通された直後、背後で扉が閉まる。

続いて手首の拘束具が外され、重たい金属音が床へ落ちた。


締めつけから解放された途端、抑え込まれていた痛みがじわりと浮き上がる。

赤く擦れた皮膚へ指先を添え、エレオノールは小さく眉を寄せた。


「明朝、出立となります。それまでこちらでお待ちください」


兵士はそれだけ告げて退出する。

入れ替わるように、一人の侍女が部屋へ入ってきた。


丁寧に礼を取り、静かに戸を閉める。


その姿を見たエレオノールは、相手の顔を見つめたまま目を細めた。


「……ハルカ?」


次の瞬間、ハルカが駆け寄ってくる。

そのまま勢いよく抱きしめられ、エレオノールは目を瞬かせた。


「……ごめん、エレオノール」


震えた声が耳に落ちた。肩へ触れる熱で、泣いているのだとすぐに分かった。

エレオノールは困ったように微笑んで、子どもを宥めるように背中を軽く叩く。


「なんであなたが謝るのよ」


「……フォルタへ帰してあげられなくて……助けるって言ったのに……」


ハルカは声を詰まらせながら、それでも懸命に言葉を絞り出す。

エレオノールはそっと身体を離し、涙で濡れた顔を見上げた。


「生きてるだけ、マシよ。ゲームだと死刑だったんでしょう?」


ハルカは溢れる涙をぬぐいながら、しゃくりあげる。


「それは、そう、だけど……でも……」


「私は平気よ」


指先で涙を拭う。


「それより、あなたの方こそ大丈夫なの? こんなことして」


「ルイが、手配してくれたの。見張りも最低限だけにしてくれて……今夜だけならって」


「……そう」


その名前を聞いた途端、議場で向けられたルイの眼差しが脳裏をかすめる。


迷いを捨てたような表情。

あれが演技だったのか、本心だったのか、結局分からないままだがエレオノールは、その感情を表には出さなかった。


いつもの笑みを浮かべたまま、軽く肩を竦める。


「なら、この貴重な夜を無駄にはできないわね」


ハルカが涙の残る目を丸くした。


「え?」


「聞きたいこともあるし――その前に」


エレオノールは自分の袖を摘み、嫌そうに顔をしかめる。


「お風呂、入りたいんだけど」


その言葉に、ハルカは堪えきれず吹き出した。


「うん。こっち」


ようやく浮かんだ自然な笑顔につられるように、エレオノールの肩からも力が抜けた。



湯へ浸かるのは数日ぶりだった。


浴槽へ身体を沈めると、凝り固まっていた全身がゆっくりと緩んでいく。

熱を含んだ湯が肌を包み込み、冷え切っていた指先へ血が戻ってくる。


「……生き返る……」


誰へ向けるでもなく呟き、エレオノールは浴槽の縁へ腕を預けた。


牢の石床。湿気を含んだ冷たい壁。薄い毛布。


そんな記憶が、立ち上る湯気の向こうへ遠ざかっていく。


「風呂は命の洗濯よ、ってね……」


次にこんな時間を過ごせるのは、いつになるのだろう。

あるいは、これが最後かもしれない。

その考えには、あえて蓋をした。


湯から上がり、用意されていた新しい下着と夜着に袖を通す。

地下牢でまとっていた冷えた布とは違い、柔らかな生地が肌へ触れた途端、それだけで身体の力が抜けそうになった。


髪を軽く拭きながら扉を開けると、部屋の中には香ばしい茶葉の香りが漂っていた。

丸机の向こうで、ハルカが銀のスプーンを掲げている。角砂糖の上へ琥珀色の液体を垂らし、その先へ指先を向けた。


小さな青い火が灯る。


揺れる炎を眺めながら、エレオノールは目を細めた。


「それは?」


「ティーロワイヤル」


ハルカは燃える砂糖を見つめたまま、どこか懐かしそうに笑った。


「昔、パパに教わったの」


アルコールが静かに燃え、甘い香りだけを残して消えていく。

溶けた砂糖を紅茶へ落とし、スプーンでゆっくりとかき混ぜる仕草は慣れたものだった。


「パパはお酒をそのまま入れて飲んでたんだけど、私が飲みたいって言ったら、こうして作ってくれて」


明るく話しているが、その言葉へ辿り着くまでに積み重ねた時間を思うと、エレオノールの胸が静かに痛んだ。


突然この世界へ呼び出され、家族も日常も失った少女。


泣く暇もなく聖女として祭り上げられ、不安も孤独も飲み込んで、それでも今はこうして思い出として語っている。


どれほど苦しかったのか、エレオノールには想像しきれない。


「……素敵なお父様ね」


「うん」


返事をしたハルカの瞳が、灯りを受けて潤んで見えた。


差し出されたカップを受け取る。

立ち上る湯気とともに、甘く芳醇な香りが鼻先をくすぐった。


そっと口をつける。


「……おいしい」


自然に声が漏れた。


甘さのあとを追うように、ほのかな苦みが広がる。

喉を通った熱が胸の内側まで染み込み、地下牢で固く縮こまっていた感覚をゆっくり解いていった。


ハルカが小さく息をつく。


「ありがとう。エレオノール」


突然の言葉に、エレオノールはカップを持ったまま首を傾げた。


「なに。急に」


「ずっと言いたかったの」


ハルカは膝の上で両手を組み合わせ、言葉を選ぶように唇を動かしてから、顔を上げた。


「エレオノールがいなかったら、私……たぶん、この世界でやっていけなかった」


「そんなことないと思うけど」


「あるよ」


ハルカはかぶりを振る。


「何も分からなかった。怖くて、毎日帰りたかった。……でも、エレオノールがいてくれたから、ここにいてもいいって思えたの」


真正面から向けられるその言葉に、エレオノールは睫毛を伏せた。

こんなふうに真っ直ぐ感謝を伝えられると、どう返せばいいのか分からなくなる。


だから小さく笑った。


「……私も、ハルカが来てから、ずっと楽しかった」


追放前夜とは思えないほど穏やかな夜だった。

紅茶の湯気が静かに揺れ、窓の外では遠くの鐘の音が夜更けを告げている。


カップの底が見え始めた頃、エレオノールは指先で縁をなぞりながら口を開いた。


「ところで……なんでアンフェルス国なの?」


空いたカップを受け皿へ戻し、小さく首を傾げる。


「てっきり私、ジョエルの領地へ送られるものだと思っていたのだけれど」


その問いに、ハルカの肩がぴたりと止まった。

予想していた話題だったのだろう。けれど返事はすぐに出てこない。唇がためらうように閉ざされた。


「……私が、ルイ殿下にお願いしたの」


押し殺した声だった。


「でも、詳しいことは話せない。ごめん」


隠し事をしているというより、口にできない事情を抱えている。

そんな響きに、エレオノールは彼女の顔を見つめ、それ以上追及するのをやめた。

理由を明かせなくても、自分を陥れようとしているわけではない。それだけは分かったから。


「ジョエルのところへ送られるよりは、ずっとましでしょうけれど」


努めて軽い調子で続ける。


「つまりアンフェルス国は、ゲームにも存在しなかった場所なのね?」


「うん。私も、こっちへ来てから初めて知った国」


その返答に、エレオノールは瞼を伏せた。


ゲームに存在しない土地。定められた筋書きの外側。誰も知らない未来。


胸の奥に、得体の知れない感覚が広がっていく。

恐ろしさもある。けれど同時に、甘い解放感にも似ていた。


――なら、ここから先は。


誰かに用意された結末(悪役王女)ではなく、自分自身(エレオノール)の物語になるのかもしれない。


「ある人がね」


ハルカが言葉を選ぶように続ける。


「アンフェルス国へ行けば、エレオノールは幸せになれるって言ったの」


「ある人?」


「……それも、まだ言えないんだけど」


申し訳なさそうに眉を下げたあと、ハルカはまっすぐ顔を上げた。


「でも、信じてほしいの」


そこに打算はなかった。

ただ、自分を案じる気持ちだけがある。


幸せになれる――そんな保証は、どこにもない。

期待しすぎない方がいい。

その方が傷つかずに済むことを、エレオノールはよく知っていた。


しばらくハルカを見つめ、それからふっと頬を緩めた。


「わかった。信じるわ」


「え……いいの?」


「あなたが言うなら、大丈夫な気がするもの」


嘘ではなかった。どう生きるか、これからは自分で選択できる。

その答えに、ハルカは困ったように笑った。


「エレオノールもルイも、私のこと信じすぎじゃない?」


「そうかもね。ハルカって、泣き落としが上手な悪女だもの」


「そうよ」


顔を見合わせた途端、どちらからともなく笑い声がこぼれた。

笑みの余韻を残したまま、ハルカは足元に置いていた布袋を抱え上げる。


「それでね。これ、持っていってほしいの」


差し出された袋を受け取り、中身を取り出す。


厚みのある本が二冊。

表紙には、楕円形の青緑色の石が埋め込まれていた。

飾り気のない羽ペン。

それから、黒いフード付きのマント。


最後に現れたのは、見覚えのある指輪だった。

ただし以前とは違い、石が二つ並んでいる。青と青緑。

エレオノールはそれを灯りへかざした。


「これって……」


「改良した指輪なの。魔力がないエレオノールでも、対になる指輪の場所へ転移できるようにしたの」


ハルカの右手中指には、同じ形の指輪がはまっている。


「呪文は前と同じ。もし何かあったら、迷わず私のところへ来て。今度こそ、絶対に守るから」


真剣な声だった。


エレオノールは指輪を右手にはめる。

緩く感じていた輪は、指へ通した途端、吸いつくように収まった。


「ただ、魔力のない人が転移魔法を使うと身体への負担がかなり重いらしくて。だから、本当に危ない時だけにしてってモーリスが」


「了解。じゃあ逆に、あなたが来るのは?」


「国際問題になるからやめた方がいいって言われた」


「それは正論ね」


くすりと笑い合う。


「それで、このマントはモーリスから」


エレオノールは小さく息を吐いた。


彼には随分助けられた。

なのに、直接礼を言えないまま終わってしまいそうだ。


「……ありがとうって伝えておいて」


「それだけでいいの?」


「うん。それ以上は、うまく言葉にできないのよ」


「……わかった」


ハルカは続けて本を持ち上げた。

もう片方の同じ本を、エレオノールへ渡す。

開くと、中は空白だった。


「で、これは――簡単に言うと交換日記」


ハルカは一頁目を開き、ペンを走らせた。

すると、エレオノールの手元にある本のページへ同じ文字が浮かび上がる。


《見えてる?》


「……嘘でしょう」


思わず身を乗り出したが、ハルカはこともなげに言う。


「離れていても、文字だけは届くから」


「これ、あなたが作ったの?」


「うん」


「天才?」


「そんな大げさなものじゃないわよ。聖女用の魔道具を作ってるうちに、なんとなく仕組みが見えてきただけ」


「なんとなくで完成させるものじゃないわ」


呆れ半分で言えば、ハルカは不思議そうに首を傾げる。


「物理とか化学を知ってたら、応用できそうって思わない?」


「思わない」


即答すると、ハルカは納得できない顔をした。


そういえば彼女は、この世界へ来てからも、歴史、地理、魔術理論を次々吸収し、学院でも常に上位の成績を維持していた。


根本的な資質が違う。


――この子なら。


王太子妃どころか、王妃としても十分やっていける。


そんなことを考えていたせいか、自然と口元が緩んでいたらしい。


「……何笑ってるの?」


指摘され、エレオノールは咳払いをひとつ落とした。


「いいえ。あなたって、本当に規格外だと思っただけ」


「それ褒めてる?」


「もちろん」


その後も二人は夜更けまで語り合った。

離れ離れになることが決まっているからこそ、今この時間を終わらせたくなかった。



「読んだわよ。『悪役令嬢の選択』」


「どうだった?」


「正直、少し泣いたわ」


「私も」


ハルカもつられるように微笑んだ。


「でも、あれだけの冊子、どうやって王都中へ広めたの?」


「ああ、それね。魔道具を作ったの。プリントゴッコみたいな感じで」


エレオノールが目を丸くした。


「なるほど。印刷機の簡易版か。ここでそんな懐かしい名前を聞くとは思わなかったわ。よく知ってたわね」


その問いに、ハルカはどこか遠くを見るような顔をした。


「こっちへ来る前の年かな。急にパパが“今年の年賀状はこれで作るぞ”ってはりきり出して。インクでテーブルを汚して、ママに怒られてた」


情景を思い出したのか、小さく吹き出す。

その声につられて、エレオノールの頬もゆるんだ。


前の世界の話をしている間だけは、ここが異国の王宮であることも、追放前夜であることも、どこか遠くへ押し流されていく。


それから二人は、途切れ途切れに言葉を重ねた。


笑い合ったあと、不意に会話が止まることもあった。

けれど気まずさはない。

同じ沈黙を共有できる相手なのだと、互いに知っていた。


気づけば二人は寝台へ並ぶように横になっていた。


話しながら眠ってしまったのだろう。

灯りは落ち、窓の外には夜明け前の淡い群青が広がっていた。


やがて、薄い朝日がカーテン越しに差し込む。


別れの朝だった。


残された時間は、もうほとんどない。


エレオノールは静かに身を起こした。

隣では、ハルカが穏やかな寝息を立てている。


起こさないよう慎重に寝台を降り、用意されていた衣服へ手を伸ばした。


濃紺の旅装に、丈夫な編み上げ靴。

冷地用の厚手の外套と手袋。


まるで最初から、遠い土地へ送り出す準備だけは整えられていたかのようだった。


靴紐を結び終えたところで、背後から掠れた声が届く。


「……エレオノール」


振り返ると、ハルカが身体を起こしていた。


「起こしちゃった?」


ハルカは首を横に振る。

そのまま唇を噛み、俯きかけて、やっと声を絞り出した。


「私……もっと早く召喚されてたら、もっと一緒にいられたのに」


エレオノールは眉を下げた。


「たとえ早く出会っていても、きっといつか別れは来るわ」


「でも……」


「人って、そういうものでしょう?」


慰めるつもりで言ったはずなのに、ハルカの瞳から涙がこぼれ落ちた。

それを見た途端、エレオノールの胸が熱くなる。

泣きそうになる顔を隠すように、いつもの調子を装った。


「それに、完全に離れるわけじゃないもの」


机の上へ目を向ける。

そこには、昨夜ハルカから渡された日記帳が置かれていた。


もう一冊は、旅支度の袋の中に入っている。


「あなたのおかげで、ちゃんと繋がれる」


ハルカは涙を拭いながら、何度も頷いた。


「……着いたら、絶対に連絡してね」


「もちろん」


「連絡が来なかったら、私、人殺しになっちゃうかもしれないんだから」


嗚咽混じりの声に、エレオノールは目を瞬かせる。


「それは物騒ね。……共犯にはなりたくないから、絶対に連絡するわ」


泣いているのに、ハルカは笑ってしまった。


その瞬間、扉が静かに叩かれる。迎えが来たのだ。


現実が、容赦なく終わりを告げに来る。


ハルカは堪えきれなくなったように立ち上がり、そのままエレオノールへ抱きついた。


細い身体が震えている。

エレオノールも腕を回し、その背を抱き寄せた。


互いの温もりを、忘れないように。


「元気でね、ハルカ」


本当は、もっと言いたいことがあった。


ありがとうも。

ごめんなさいも。

幸せになってほしいという願いも。


言葉が胸の奥で絡まり合い、うまく声になってくれない。


代わりに涙が頬を伝った。


「うん……エレオノールも」


ハルカの返事も、途中で震えて途切れる。


もう以前のようには会えない。

何かが起きても、すぐ駆けつけることはできない。

二人とも、それを理解していた。


それでも。


遠く離れても、言葉を届け合える。


孤独な夜に、誰かが読んでくれる文字がある。


その事実だけで、人は前を向けるのだと知っていた。


エレオノールはそっと身体を離し、ずれた眼鏡を指先で押し上げる。


「私は大丈夫よ」


泣き顔のまま告げられたその言葉は、出会ったころから変わらない強がりだった。


あの日から支え続けてくれた存在が、遠ざかっていく。

ハルカの胸の奥に、じわりと穴が広がっていった。


扉が閉じる音が、遠く響く。


机の上には、一冊の日記帳だけが残されている。

まだ白いままの頁と、これから綴られていくはずの言葉たち。


もう、決められた結末は存在しない。

誰かに用意された筋書きもない。


それでも――


彼女たちの物語は、続いていく。


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