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第19話:対価は高くつく

『滅びの古竜』の口腔内で、紅蓮の炎が渦を巻く。熱波だけで皮膚が焼け焦げ、空気中の酸素が燃え尽きる。それは、生物が抗うことを許されない、絶対的な死の宣告だった。


「ひっ、あ……ぁ……」


 勇者アルスは腰を抜かしたまま、迫りくる終焉を見上げていた。動けない。声も出ない。ただ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、死を待つしかなかった。


 ドラゴンの喉が大きく膨らむ。 放たれる。 全てが終わる――。


 その時だった。


 ヒュンッ。


 どこからともなく飛んできた「小石」が、ドラゴンの鼻孔へと吸い込まれた。


『――!?』


 ほんの数センチの石ころ。だが、それは恐ろしいほど正確に、ドラゴンの鼻の粘膜にある敏感な一点を刺激した。


『ブ、ブエッ……クションッ!!』


 盛大なくしゃみ。その反動で、ドラゴンの首が大きく上空へと跳ね上がった。


 ゴォォォォォォォォォッ!!


 放たれたブレスはアルスたちの頭上を通過し、ドームの天井を直撃した。岩盤が溶け、マグマのような雨となって降り注ぐ。だが、直撃コースからは逸れた。


「……え?」


 アルスが呆然と口を開ける。熱風に煽られながら、彼が見たのは――煙の中から現れた、二つの人影だった。


「やれやれ。世話の焼ける元上司だ」


 瓦礫の上に立ち、埃を払いながら現れたのは、ジンだった。 その隣には、投石のフォロースルーの姿勢のまま、冷ややかな視線を送るリリがいる。


「ジ、ジン……!?」


「勘違いするなよ。助けに来たわけじゃない」


 ジンはアルスを一瞥もしない。その視線は、真っ直ぐにドラゴンへと向けられていた。獲物を品定めする、商人のような目で。


「Sランク相当の古竜素材……。鱗一枚で金貨100枚、牙なら1000枚。心臓に至っては国家予算クラスか」


 ジンはニヤリと笑った。


「悪くない商談だ。拾ってやるか」


『貴様ラ……何ヲシタ……!』


 ドラゴンが怒りの形相でこちらを睨む。鼻を刺激された屈辱に、黄金の瞳が血走っている。


「リリ、プランCだ。ヘイトを稼げ」


「はいっ! お任せください!」


 リリが地面を蹴る。その速度は、先ほどまでの比ではなかった。銀色の閃光となり、ドラゴンの懐へと飛び込む。


『小賢シイ!』


 ドラゴンが前脚を薙ぎ払う。城壁をも砕く一撃。だが、リリはその軌道が見えているかのように、紙一重で身を屈めた。風圧が彼女の髪を揺らすが、体には触れることさえできない。


「遅いです」


 リリはドラゴンの腕を駆け上がり、その鼻先へと肉薄する。彼女の手にあるのは、いつもの刃こぼれした短剣ではない。あれはジンから貰った大切な「宝物」だ。こんな鋼鉄より硬い鱗を持つ化け物に突き立てて、万が一にも折るわけにはいかない。


 だからこそ、彼女は腰のホルスターからもう一本の武器を抜いていた。 ジンが『予備(リスク管理)』として買い与えてくれた、新品の業物。


「貫けッ!」


 手にしたミスリルの短剣を、ドラゴンのまぶたの隙間に突き立てた。


『グオオオオオッ!?』


 ドラゴンが悲鳴を上げて暴れる。硬い鱗に覆われたドラゴンにとって、眼球や粘膜は数少ない弱点だ。リリはそこを正確に、執拗に狙っていた。


「す、すげぇ……」


 ガイルが口を開けて見上げていた。勇者パーティの誰も反応できなかったドラゴンの攻撃を、あの少女は完全に手玉に取っている。


「ジン! あいつを止めろ! 怒らせたら終わりだぞ!」


 アルスが叫ぶ。 だが、ジンは無視してポケットに手を入れた。


「怒らせる? 逆だ。冷静さを欠いた獣ほど、御しやすいものはない」


 ジンが指を鳴らす。


 パチン。


 その音は、戦場の轟音にかき消されるほど小さかった。だが、世界はその音に呼応した。


 暴れるドラゴンが、リリを振り払おうとして大きく尾を振るう。その尾が、「偶然」天井から垂れ下がっていた巨大な鍾乳石を叩き折った。


 ズシンッ!!


 数トンの岩塊が落下し、ドラゴンの背中の翼を直撃する。


『ギャアアアッ!?』


 翼の骨が砕ける生々しい音が響く。ドラゴンはバランスを崩し、巨体を揺らした。 そこへ、さらに追い打ちがかかる。


 ドラゴンの踏み出した足元の岩盤が、「偶然」脆くなっていた。ズボッ。 巨大な足が地面にめり込み、抜けなくなる。


『ヌ、ヌグッ……!?』


「ほらな。デカい図体ってのは、それだけでリスクの塊なんだよ」


 ジンは冷酷に告げる。 彼が行っているのは、魔法による攻撃ではない。「足場が崩れる」「岩が落ちる」「関節が変な方向に曲がる」といった、環境を利用した確率の偏り。それを意図的に引き起こし、ドラゴンの動きを封じているのだ。


「た、助けてくれ……!」


 アルスが這いずりながらジンにすがりついた。


「金なら払う! なんだってする! だから俺たちをここから出してくれ!」


 プライドもかなぐり捨てた懇願。 ジンは冷ややかな目で見下ろした。


「契約成立だ。……ただし、対価は高くつくぞ?」


 ジンはドラゴンの攻撃範囲からアルスを蹴り飛ばし、安全圏へと転がした。救助ではない。邪魔だから退かしただけだ。


「リリ、仕上げの準備だ。こいつの『運』を底まで叩き落とす」


「はい、ジン様!」


 リリがドラゴンの頭上から飛び降り、ジンの隣に着地する。二人の前には、片翼を潰され、足を封じられ、怒り狂う最強の怪物がいる。だが、二人の背中に恐怖の色はない。


 これから始まるのは、狩りではない。 一方的な「解体作業」だ。


おはようございます!


ジンたちが到着しました。

助ける義理はないけれど、「素材が高く売れるから」という理由で介入するドライさが彼らしいですね。

(リリもやる気満々です)


さて、次回はいよいよ本作最大の見せ場。

ジンの奥義【確率操作:不運の強制入れ替え(スワップ)】が炸裂します。


勇者パーティの運命が決まる瞬間を、ぜひ見届けてください。

本日【20:00】頃更新です!

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