第18話:目覚める厄災
「はぁ、はぁ……! こっちだ! この先に道がある!」
勇者アルスの叫び声が、暗い回廊に響いた。彼らは走っていた。背後から迫る魔物の群れ――普段なら一撫でで蹴散らせるはずのスケルトンやゾンビの群れから、無様に逃げ惑っていた。
「ま、待ってアルス……! 足が……!」
聖女マリアが悲鳴を上げる。捻挫した足を引きずり、ガイルに肩を借りて必死に食らいつくが、限界は近い。
「急げ! 追いつかれるぞ!」
アルスは振り返りもせずに怒鳴った。彼が目指しているのは、出口ではない。ダンジョンのさらに奥、先ほど見つけた「厳重に封印された扉」の向こう側だ。
「アルス! そっちは深層よ!? 出口は逆だわ!」
カレアが叫ぶ。だが、アルスの耳には届かない。彼の瞳は、狂気じみた執念で濁っていた。
(ありえない……あんな空っぽの部屋がゴールなわけがない……!)
アルスの思考は、現実を受け入れることを拒絶していた。
ジンたちに出し抜かれた?
自分が無能だった?
そんなはずはない。
あれはフェイクだ。盗掘者や馬鹿を騙すための偽の部屋だ。真のボス、真の財宝は、もっと奥にあるはずだ。
「そうだ……この扉だ! この向こうにこそ、俺たちに相応しい栄光があるんだ!」
行き止まりにあったのは、巨大な石の扉だった。表面には禍々しい鎖が幾重にも巻き付けられ、赤黒い文字で『禁足』と刻まれている。どう見ても、「入ってはいけない場所」だ。
だが、今のアルスにとって、それは「宝の番人」にしか見えなかった。
「開け! 開けぇぇぇッ!」
アルスは折れた聖剣の柄で、鎖を乱打した。
カンッ、カンッ!
火花が散る。 本来なら強固な封印のはずだが、経年劣化していたのか、それとも今の彼らの「不運」が最悪の形で作用したのか。
パキン。
鎖の一つが、呆気なく砕け散った。 それに連鎖するように、封印の魔力が霧散し、重厚な石扉が地響きを立てて開き始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「開いた……! 見ろ、やっぱりだ!」
アルスは狂喜し、仲間を促して中へと駆け込んだ。直後、背後で扉が再び閉まり、追ってきた魔物たちを遮断した。
「た、助かった……のか?」
ガイルがその場に崩れ落ちる。とりあえず、雑魚の群れからは逃げ切れたようだ。
「……ねえ、ここ……変よ」
カレアが震える声で呟いた。そこは、広大なドーム状の空間だった。天井が見えないほど高く、足元にはどこまでも続く巨大な岩場が広がっている。そして何より――空気が重い。 呼吸をするだけで肺が焼けるような、濃密で暴力的な魔素が充満していた。
「明るい……?」
マリアが空を見上げた。地下深くなのに、空間全体が赤く発光している。光源は、岩場の中心にある「巨大な山」のような物体だ。
「見ろ! あれだ!」
アルスが指差した。その「山」の頂上付近に、一際強く輝く真紅の結晶体が埋まっている。大人の背丈ほどもある、巨大な宝石に見えた。
「あれこそがダンジョンコア……いや、伝説の賢者の石かもしれない! あれさえ手に入れれば、俺たちは……!」
アルスは傷の痛みも忘れ、岩場を駆け上がった。止めようとする仲間の声など聞こえない。あそこにあるのは逆転の一手。失墜した名誉を取り戻し、ジンを見返すための希望の光だ。
「ははっ、はははは! 俺は選ばれている! やっぱり俺は最強の勇者だ!」
アルスは「山」の頂上にたどり着き、その真紅の結晶体に手を伸ばした。そして、欲望のままに――折れた剣を突き立て、こじ取ろうとした。
ガキンッ!!
硬質な音が響く。 その瞬間。
ドクン。
世界が、脈打った。
「――え?」
アルスの動きが止まる。彼が足を乗せていた「岩場」が、大きく隆起したからだ。 地響き。いや、違う。 これは――「呼吸」だ。
ズズズズズズ……!
「山」が動いた。岩肌だと思っていたものは、鋼鉄よりも硬い「鱗」だった。 洞窟の壁だと思っていたものは、折り畳まれた巨大な「翼」だった。 そして、アルスが剣を突き立てた真紅の結晶体。それは宝石などではなく――
ギョロリ。
瞼が開かれた、「巨大な眼球」だった。
「ひ……」
アルスは息を飲んだ。目の前にあるのは、縦に割れた黄金の瞳孔。自分の体など容易く飲み込めるほどの、圧倒的な「視線」が、至近距離で彼を射抜いていた。
『――小蠅ガ』
脳内に直接響く、地響きのような念話。それは先ほどの「不死の王」など比較にならない、神話級の威圧感を放っていた。
『我ガ眠リヲ、妨ゲシ愚カ者ドモヨ』
巨大な竜が、鎌首をもたげた。その全長は100メートルを超えているだろう。 全身を黒曜石のような鱗で覆い、四肢には城壁をも砕く鉤爪。口からは、溶岩のような熱気が漏れ出している。
『滅びの古竜』。 Sランク相当。 単体で国家を滅ぼし得る、生ける天災。 このダンジョンの真の主であり、かつて狂王が国を滅ぼしてまで封印した「禁忌」そのものだった。
「あ……あ、あ……」
アルスは腰を抜かし、後ずさった。勝てるわけがない。万全の状態でも勝算などない相手に、今のボロボロの状態で挑むなど、蟻が象に噛み付くようなものだ。
「いやだ……嘘だ……」
下にいたカレアたちが、絶望のあまり失禁して座り込む。逃げ場はない。入り口の扉は閉ざされている。
『死ヲ以テ、贖ウガイイ』
ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。口腔内で、紅蓮の炎が渦を巻く。ブレスだ。 一撃でこの空間ごと、彼らを灰にするつもりだ。
「う、うわああああああッ!!」
アルスは無様に悲鳴を上げ、折れた剣を投げ捨てて頭を抱えた。走馬灯のように駆け巡るのは、栄光の日々ではなく、数日前に自分が追い出した黒髪の男の顔だった。
『あばよ、勇者様。道中、気をつけて』
あの時、あいつは笑っていた。こうなることがわかっていたかのように。
ドラゴンの口から、破滅の光が放たれようとしていた。英雄の旅路は、ここで炭になって終わる。そう、誰もが確信した瞬間だった。
お読みいただきありがとうございます。
元旦の夜、いかがお過ごしでしょうか。
最強のドラゴンが目覚めてしまいました。
今の勇者パーティ(不運状態)では、100回戦っても勝てません。
まさに絶体絶命。
しかし、そこに「とある二人組」が通りかかります。
次回、まさかの乱入と、ジンの非情な決断。
明日も【朝08:00】頃に更新します!




