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授業8 音楽はお好きですか?

 翌日。


「ねぇ青姉、今日はなにするの?」


 俺は食卓を布巾で拭きながら、キッチンで昼食を作ってくれている青姉に質問する。

 髪を後ろで束ねエプロンを身に纏ってキッチンに立つ青姉は、今日も綺麗で可愛くて素敵である。


「う~ん、どうしよう。鈴はなにかやりたいことないのか?」


 青姉はリズム良く包丁でなにかを切りながら、こちらに視線を向けて返事をしてくれる。

 手を切りそうで少し心配だけど、それだけ余裕があるくらい熟練した料理の腕前だということだろう。実際青姉の作ってくれるご飯はすごく美味しいし。


「やりたいことかぁ」


 青姉と一緒にやりたいこと……。


 ど、どうしよう。キッチンに立つ青姉を見てたら、なんか変なことしか思いつかないぞ。

 料理する青姉を後ろから抱きしめたり、新婚夫婦みたいにキャッキャウフフでイチャイチャしたり、極めつけは裸エプロンで恥ずかしがる青姉を想像したりなんかしちゃって……。

 って、ダメダメ。そんなことを言ったら今持ってる包丁が飛んで来かねない。

 な、なにか真面目なやつは……あっ!


「お、音楽なんてどう?」


 ドンドンと浮かんでくる妄想をかき消して、俺は必死で探り当てた答えを青姉に伝える。


「音楽?」


 俺から割とまともな答えが返ってきたことに若干驚いた様子の青姉。

 まさか数秒前に俺の脳内で自分が裸エプロンにされていたとは微塵も思っていないだろう。


「う、うん。そ、そのリズミカルな包丁の音を聞いてたら思いついたんだよ」


 実際はトントンという小気味の良いリズムを聞いて新妻の青姉が朝食を作ってくれているところを妄想して、最後にはなかなか起きない俺を青姉がキスで起こしてくれるところまで妄想していたことは墓場まで持って行くことにしよう。


「うーん。音楽……音楽かぁ。あっ!」


 食材を切る手を止めて唸っていた青姉。

 だが、最後になにかひらめいたような声を上げ、


「それじゃあギターでも弾いてみるか?」


 と言った。


「ギター? そんなの家にあったっけ?」

「ふふん。こういうこともあるかと思って持ってきてるんだなぁ」


 青姉は自慢気に笑いながら、切っていたものをフライパンに入れる。

 ジュウという音がして部屋に香ばしさとスッキリ感を兼ね備えた香りが部屋に漂う。

 青姉が切っていたのは葱だったみたいだ。


 すんすん。


 「いい匂い。さすが青姉」


 俺は2つの意味で青姉を称える。

 それにしてもギターまで持ってきてるなんて青姉は本当に準備が良い。

 ここまで準備がいいのにどうして普通の教材は持って来なかったのか逆に気になる。


 もしかして一番勉強したくなかったのは青姉なんじゃ……いや、でも結局週に二日ぐらいは普通の勉強をしてるからそれもないのか?


 本当に謎だ。


「もう出来るからスプーンを用意して座っててくれ」

「はーい」


 青姉の言葉で思考を切り替え、俺は言われた通りスプーンを食卓に並べて席に付く。


 程なくして青姉が出来上がった料理を持ってキッチンから出てくる。


 昼食は葱のたっぷり入った焦がし葱チャーハンだった。


 ●●●


 チャーハンを食べ終えた俺達は、さっそく青姉の部屋に集まり、それぞれのエレキギターをアンプに繋げている。


「それにしても青姉って本当になんでも持ってるね」


執事服に、鞭に、ギター2つに、小さいとはいえアンプも2つある。

他にも、前にこの部屋に入った時にはなかったボクシンググローブとミットもあれば、デスクトップパソコンとモニター、そのパソコンで絵を描いたりする時に使う板タブレットまである。

 一体青姉はいつの間にこの量のものを持ち込んでいるのか。言ってくれれば手伝うのに。


「鈴と遊ぼうと思って……じゃなくて勉強しようと思って色々準備してきたんだ」


 この先生、今完全に遊ぼうと思ってって言ったぞ

 まぁ、俺はその方が嬉しいからいいんだけどね。

 

「そっか。じゃあもっと色々しないとね」


 青姉が俺のことを考えてくれていたと思うとつい口元が緩んでしまう。


「ああ、これからもっと色々しような」


 チューニングが終わったのか、青姉はポロロンと上から順番に弦を震わせながら、優しく笑いかけてくれた。

 屈託のない青姉の笑顔を見て、余計にニヤけそうになるのを抑えつつーーこれ以上ニヤけると気持ち悪い顔になりそうだったからーー俺もチューニングを終えた。


「青姉はギターどれぐらい弾けるの?」


 慣れた様子でギターを扱う青姉を見て、気になったので尋ねてみる。


「ん? ちょっとだけだぞ?」


 そう言って、青姉は指先を滑らかに動かして激しいメロディを奏でる。

 素人の俺から見れば、今すぐロックバンドのギタリストになれと言われても通用するレベルに思える。

 これでちょっとだけは謙遜しすぎである。


「すっごい上手いじゃん」


 演奏を最後まで聞いてから、俺は賞賛の言葉と拍手を贈る。お金を持っていたらお金を払いたいぐらいだ。


「あ、ありがと」


 青姉は照れくさそうにはにかむ。


「俺も青姉みたいに弾けるようになるかな?」

「い、一日では無理じゃないか?」


 青姉は俺の言葉を聞いて、今度は困ったように苦笑していた。


 ●●●


 夕方。休むことなく練習を続けていた俺に青姉が告げる。


「ぎ、ギターはこれで終わりにするか」


 青姉はアンプのボリュームをゼロにしてからギターに繋がっているコードを外す。

 続けて綺麗な布でギターを軽く拭いてからケースにしまい、押し入れへ片付けてしまった。


「ちょっ、なんで片付けたの?」


 さっきまで優しく教えてくれていたのにどうして急に片付けるんだ?


「そ、それはその、そ、そろそろ晩ご飯の準備しないといけないし」


 俺は壁にかかっているデジタル時計を確認する。時間は16時00分。


「まだちょっと早くない?」


 いつも晩御飯を食べる時間と比べると二時間ぐらいは早い。


「そ、そうだけど、その、えっと」


 青姉はもごもごと歯切れが悪い。

 なんだ? なんか青姉らしくないな。


「言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「そ、それじゃあ……」


 決心したらしい青姉は一度深呼吸をしてから、俺を見据え、俺に予想外の現実を突きつける。


「鈴には音楽のセンスが壊滅的になかったから気を使ってやめたんだよ!」

「なっ!」


 お、俺に音楽のセンスがない!? そ、そんなバカな!?


「じょ、冗談だよね?」


 そ、そうだよ。きっと青姉はギターを弾くのに飽きて早く終わりにしたいからそう言ってるだけなんだよ。そ、そうに違いない!


 俺は動揺する心を落ち着かせようと猫に追い詰められたネズミのように必死で現実逃避する。

 だが、青姉にゃんこは容赦なくネズミの俺を現実へ引き戻した。


「いや、冗談じゃない。鈴には音楽のセンスがほぼ皆無だ」


 見たことないぐらい真剣な表情をした青姉は、慰めるように俺の肩へ手を置く。

 けれど彼女はそんな慈悲に満ちた自らの行動を嘲笑うかのように続けた。


「同じコードをしかも一番簡単なコードをずーっと弾いてるのに一向に上手くならないし、なにより途中で歌ってた歌が酷かった。音程は全く合って無いし、リズムも全然取れてない。鈴、お前、完全に音痴だ。だからそのことに鈴が気づく前にやめようと思ったんだよ」


 マシンガンを巧みに操る歴戦の兵士が如く、青姉は次々と俺の心へ弾丸を撃ち込んでいく。

 その威力に俺の心はあっさり砕け、もう欠片すら残っていなかった。


「は、はは、はははは」


 俺はギターを布で拭きながら笑う。


 そっか。そっか。俺って音痴なんだ。へぇー

 今まで母さん以外の前で歌ったことなかったから気づかなかったなぁ。ふーん。

 あの時母さんが嬉しそうだったのは俺が人前で歌うのを想像して面白がってたからだったんだなぁ。ほーん。


「……」


 俺は無言でギターをケースにしまい、押し入れへと押し込む。

 そして――。


「うわぁぁーー!!」


 大声で叫びながら青姉の部屋を飛び出した。


「あっ、おい鈴!」


 青姉の叫ぶ声が聞こえたが、俺は振り返ることなく自分の部屋へ駆け込み、ベッドに飛び込んで頭まで布団を被る。


「あの鬼畜ぅ!!」


 布団の中で、母さんが『りっくんはお歌が上手ですねぇ』と褒めていたのを思い出し、俺は枕を握りしめ、日本にはいない母さんに対して怒りをぶつけた。


「許すまじ、あのロリババアぁぁあ!」


 部屋の扉の前に本人が立っているとはつゆ知らず……。

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