雪玉クッキーと小さな雪だるま
真っ白な髪を持つ小さな少女は、期待で羽根をひらひらとさせ、シェリアの背中をじっと見つめていた。
先ほどシェリアがお菓子をつくり始める前に、隣に立っていた少年がお菓子を見せてくれたのだが、それは少女の探していたものだった。
どんな味か知りたくて、分けて欲しいとお願いしてみた。
けれど、少年は頑として首を縦に振らなかった。
それどころか、少年は、今、目の前にあるプロフィットロールの塔とこれからつくる雪玉みたいな菓子も回収したいくらいだと呟いた。
少年の目は笑ってなどいなくて、本気そのもの。
なんとなく、本当に回収されてしまいそうな予感がしたので、少女は押し黙った。
少年の方はというと、これは宴用につくったものなのだから回収しては駄目だし、これからつくる菓子は勿論少年の分もあるのだと、シェリアに説得されてしぶしぶ頷き、事なきを得た。
そんな光景のすぐ傍の調理台では、小麦粉や牛乳などの材料が赤褐色の妖精によって積み重ねられている。
「……おなかすいた」
真っ白な髪を持つ少女が見つめている視線の先では、シェリアが作業の手を休めていた。
どうやら、生地をしばらく寝かせるらしい。
今か今かと夢中になって見つめていた作業が止まり、少女の興味は自然とプロフィットロールの塔へと向かう。
少女によって食べられてしまい、形が歪になってしまっているこの塔は、このあと出来上がる焼き菓子で形を補完されるとのこと。
つまり、もしも今、塔を形作っているパーツが多少減ったところで問題ないということだ。
羽根をひらひらとさせた少女が、ごくりと喉を鳴らした時──
「あと、少しなのだ」
「がまんした分、よろこびも、ひとしお」
「そうなのだ。おなかいっぱいになったら、食べられないのだ」
赤褐色の妖精が声で止めた。
少女が声がした方を向けば、宴に出される食べ物を用意する役目を担う赤褐色の妖精が三人、いつのまにか近くに座っていた。
確かに、探しにきたお菓子はもうすぐ出来るらしいし、それを待つのもいいかもしれない。
別に、仮に目の前に聳え立つプロフィットロールの塔をまるまる平らげたとしても、お腹は全然問題ないのだけれど、なんとなくあの少年が恐ろしそうなので、自重することにした。
それでも、名残惜しく、諦めがたく、少女の視線は無意識にプロフィットロールの塔へと向かう。
甘くて優しくて、どこか懐かしい味がしたのだ。
一体いつ食べたのか、何の味に似てるのかも、全く思い出せないけれど。
◇
ひらひらと揺れる両翼の羽根から、小さな雪が舞っては落ちていく。
雪玉のようなクッキーが積まれた、妖精の小さな身体にはいささか大きすぎるバスケットを両手で大切そうに抱えて、少女は無邪気に笑った。
「ありがとう! みんな、よろこぶと思う!」
「食べてみなくていいのだ?」
赤褐色の妖精が訊ねると、少女は、ぶんぶんと横に振った。
「ううん。みんなで食べるまでの、たのしみにするの!」
こぼれ落ちそうな笑みを浮かべた少女の羽根がひらひらと揺れる度、小さな雪が舞う。
念願の雪玉クッキーを手に入れ、余程嬉しいのだろう。
妖精は、感情が高ぶると、特性が強く出る生き物だ。
少女は、そうしてしばらく幸せそうにバスケットを見つめていたが、ふいにシェリアに近付いて、
「あのね、てのひらを出してくれる?」
と、こてんと小首を傾げてみせた。
シェリアが不思議に思いつつも、両方の手のひらを差し出せば、その手の中に、小さな雪だるまが現れた。ひんやりと冷たい。
「“おまじない”は、いっぱいあるみたいだから……いちど消えちゃうけど、ひつようになったら出てくるはず。ありがとう、またね!」
小さな雪だるまを残し、真っ白な髪をなびかせながら、少女は颯爽と消えた。
きっと、仲間が待っている宴の場に向かうのだろう。
赤褐色の妖精もまた、雪玉クッキーによって補完されたプロフィットロールの塔を囲うように立ち並ぶと、塔と共に消えてしまった。
こちらも、宴の場へ向かったようだ。
厨房には、シェリアと少年と瑠璃色の少女だけが残された。先ほどまで賑やかだったその場所は、すっかり静まり返っている。
──『ひつようになったらでてくるはず』
それは、どのような意味なのだろう。
ただの小さな雪だるまのようにも見えるけれど、妖精の特製の品である。
シェリアが見つめていると、真っ白な少女の言葉の通りに、溶けて消えてしまった。




