9.弟子に
クレア先輩が入ってきたところで、先生は開いていた本を再び閉じて問いかけた。
「それで、クレア、一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりだ、とは?」
少しとぼけたような態度でそう言い放つ彼女の言動で室内の空気がやや軋んだような気がした。
「とぼけるな。何のためにユリウスをここに連れてきた」
先生は真剣な表情でクレア先輩を問い詰める。
当事者ではあるが、僕も何故ここに来るように言われたのか、その答えは知らない。
ごくりと生唾を飲み込んだ。
彼女は飄々とした態度を一転させて、真っ直ぐな瞳と共に答える。
「彼を私と同様に、先生の弟子にしてください」
「却下だ」
即答だった。
というか、そんなことよりも
「弟子ってどういうことですか?」
僕は素直に感じた疑問を口にした。
クレア先輩はふふん、と得意げな顔をして答える。
「そのまんまの意味さ。セカイ先生に師事するってことだよ」
「そもそもお前も弟子じゃねぇ」
「え? 何だって?」
「何だって? じゃねぇ! いつ俺がお前のことを弟子にした!?」
セカイ先生は取り乱しながら言った。
「お爺様に借りがあるから、その借りを返すために私に指導してくれるはずですよね?」
彼女のお爺様と言えば、ここの学院長であることは有名な話だ。
その学院長とセカイ先生は一体どういった関係なのだろうか?
「そ、それとこれとは話が別だ」
先生は冷や汗をタラリと流しながら答えた。
「毎朝私と組み手してるんだから似たようなものでしょう?」
「あのクレア先輩と組み手?」
剣聖の再来と巷で評判の天才少女と?
先生はそれほどまでの実力者なのか?
クレア先輩が僕のその呟きを聞いて苦笑いを浮かべた。
「まあ、この不愛想な男がここに赴任したのは最近だから君が知らないのも無理はないね。でもその実力は私が保障するよ。私は彼に、井の中の蛙であることを思い知らされたのだからね」
「おい、不愛想な男とは何だ。不愛想な男とは」
先生は釈然としないようで抗議の声を上げた。
それに追随してきたのは白い耳をピコピコと動かしている少女、アルマだ。
「そうですよこの女狐! ご主人はいつも可愛いんですよ! 特に寝顔とか寝言とかいつまでも見て聞いてられます!」
「お前は黙ってろ!」
ビシリとチョップをアルマの頭に落とす先生。
「いったぁい!? 何すんですかこのド変態ロリコン野郎!」
「風評被害にも程がある!?」
ヒートアップしていく二人をなだめるように先輩は言う。
「まぁまぁ、落ち着いてよ二人とも」
「「元はと言えばお前 (アナタ) が原因だ(です)!!」」
二人の気迫に先輩はたじろぎながら呟く。
「勝手に盛り上がったのは貴方達なのに……」
セカイ先生はその反応に僅かに狼狽えたものの、すぐに気を取り直してクレア先輩に対して物申す。
「大体お前もお前だ! 今日の組み手が終わった後にいつもならすぐに研究室に来るのに今日に限って『一度シャワーを浴びて来ます!』なんていうから不思議に思っていたらまさか男を連れ込むためだったとはな! ここは逢引き場じゃねえ!」
「その表現こそ風評被害にも程がある!?」
話が徐々に脱線して言っていくのを感じ、思わず声を出してしまう。
「あの! 部外者の僕が言うのもなんですが、話が脱線していませんか……?」
僕のその言葉に全員がハッとし、ほんの少し恥ずかしそうな仕草を見せた。
先生は頭を掻きながら反省しているような表情を浮かべている。
「すまない……。客人の前でするような態度ではなかったな。まあとにかくさっきの話なんだが――」
「――良いですよね、先生?」
畳みかけるクレア先輩。
そんなクレア先輩に、先生はジロリとした視線をぶつけた。
「何度も言うが、却下だ」
「どうしてですか?」
「俺がお前の爺さんに頼まれたのはこの学院で働くことと、個人的にお前の面倒を見る事だけだ。それ以外は頼まれてないし、やる意味がない」
そうきっぱりと言い切った彼の言葉は尤もだった。
彼には僕の面倒を見る義理など欠片もないのだから。
クレア先輩はそんな先生の言葉を聞いて、軽く嘆息した。
「やれやれ……。そう言われては私からは無理強いは出来ないじゃないですか」
そう言ったクレア先輩に先生は少しほっとしたような表情をする。
「分かってくれたか? 珍しく聞き分けが良いじゃないか」
「何か勘違いをしていませんか先生?」
「ど、どういうことだ……?」
「私は、無理強いは出来ないと言ったのですよ。つまり、先生からユリウス君を導きたいと思えば良いわけですよね……?」
「ええ!?」
僕は先輩のその発言に驚き声を上げた。
「いやいやいやいや! どうしてそう言う話になるんだよ!」
「セカイ先生」
僕は狼狽える彼の目の前に立ち、話しかけた。
「何だ……?」
「セカイ先生は、クレア先輩よりも強いのですか?」
僕が今何よりも知りたいのは、その一点のみだった。
噂の天才少女よりも強い人に教示していただければ、何かが変えられるかもしれない。長い間停滞していた僕の夢を再び見ることができるのならば使えるものは何でも使う。
セカイ先生は僕のことをジッと見つめ返してきた。
僕は己の意思を貫くように、真っ直ぐと彼の目を見据えた。
ここで退いてはいけない。そんな直感が僕を突き動かしていた。
「……単純な戦闘能力に関して言えば、そこにいるクレアは俺よりも、いや、もっと言うならアルマよりも劣っているだろう」
「アルマさんよりも……?」
先輩はこの国でも有数のAランク冒険者だ。それは揺るぎようのない事実であり、客観的な真実だ。
その先輩よりも、ここにいる二人は強いのだという。
にわかには信じがたいことではある。信じがたいことではあるのだが――
「彼が言っていることは事実だよ。……腸が煮えくり返るくらいに悔しいけどね」
――彼女は僕の疑問に答えるようにそう言った。
アルマさんはそんな先輩を見ながら、飄々とした態度で言う。
「まあ単純な経験の差ですから、そう気を落とすことはないと思いますけどね」
そんなアルマさんに対して、クレア先輩は苦虫を噛み潰したような表情を向ける。
その瞳に宿していたのは静かな怒りだった。
「……ハッキリと言ってくれるね」
「事実ですから。何か文句でも?」
先輩は目を瞑り、軽く息を吐く。昂った感情を少しでも落ち着けているようにも見えた。
「……いいや、事実に文句なんて無いさ。ただ、いつまでも上に居られるとは思わないことだね」
あまりの気迫に、僕は無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
空気がビリビリと震え、肌が萎縮しているのを感じる。
一触即発の空気を散らしたのは、セカイ先生だった。
「そこまでにしておけ。クレアは負けん気は大事だが噛みつく前にもっと研鑽しろ。アルマも無意味に煽るなよ」
「「はい……」」
二人は彼の言うことに渋々ではあるが頷く。
この一連の言動だけでも分かる。彼がこの二人よりも圧倒的に上位に立っているということを。
アルマさんには食って掛かったクレア先輩が、セカイ先生の言う事には一切の反論をしなかったということはつまり、そういう事なのだろう。
僕は感情の赴くままに言葉を発した。
「セカイ先生。貴方に御教示していただくために、僕は何をすればいいですか?」
先生はほんの少し鬱陶し気な視線を向けてきた。
怯みかけるが、ここで退くわけにはいかない。
「クレアの戯言かと思えば、君本人からもそんな言葉が出るとはな……。正直、俺から得られることなんて殆ど無いとは思うが、それでも君が俺に師事したいのなら、最低でもここにいるクレアに一発当てられるようになってからだな」
「クレア先輩に!?」
この学院で彼女に匹敵する人間など、片手で数えるほどしかいないだろう。それに、彼女はこの学院において無敗伝説を打ち立てている。
入学以来、彼女は一度も模擬戦、公式試合問わず敗北していないのだ。
そんな存在に対して、僕は一発も攻撃を当てられる気がしない。
「クレアが弱くないことは俺だって知っている。だが、簡単な課題を与える程俺は人ができていない。スタートラインくらいには、己の力のみで立てないと話にすらならないからな」
「で、ですが、僕は学院始まって以来の――」
「――劣等生、か? 実は、君のことはクレアから良く聞かされていたから知っていた。だが劣等生だからどうした? 弱いから俺に師事するのか? まだ自分で何も成し遂げていないのに? 君はまず、思考し、努力しろ。限界の限界の限界の限界の限界のその先に辿り着くほどに、君は研鑽を積んできたと言えるのか?」
「それ、は……」
自分では、努力してきたつもりではあった。自身の魔力特性を活かすための方法を模索し、実験を積み重ねてきた。
だが彼が言うように、己の限界を超えようとは、凌駕しようとはしていなかったのもまた事実だ。
僕は自身よりも才能ある人間に師事すれば、楽に現状を変えられるのではないかと少しでも思わなかったかと言うと、正直、自信があまりなかった。
その無様な心構えは、実力以前の問題だ。己の未熟さを痛感させられ、僕は頬がカァッ、と熱くなった。
これ以上、無様を晒すことは僕のプライドが許してくれそうもない。
己の両拳をぎゅっと握り、彼の黒い瞳を真っ直ぐに見据えた。
「分かりました。まずは己の力のみで、限界を凌駕してみせます」
僕のその言葉を聞いて、彼は厳しかったその表情を僅かに緩め、
「そうか」
と言った。
「それでは、失礼します」
僕はぺこりと彼らに一礼して踵を返した。
「あ! 私も一緒に行くよ! ユリウス君!」
僕の後ろに追随するように、パタパタとクレア先輩が掛けてきた。
黒いポニーテールが動きに合わせて揺れていた。
僕は前を見据え、かつての自分の様に己の未来を切り開くように、前へ、前へと歩を進めていくのだった。
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