10.仮説
「それで、具体的にどうするんだい?」
研究室から出た僕達は、学院内の談話室にある長テーブルに向かい合って座っていた。
周囲には1限の講義まで時間を潰している学生がチラホラと見受けられた。
しかしまだ早朝という事もあり、数は非常にまばらだ。
周囲の生徒は僕とクレア先輩が一緒にいるのを見て、怪訝そうな表情を浮かべていた。それもそのはずだ。学院最底辺と頂点に近い生徒が一緒にいるなど普通は考えもしないだろう。
数日前の僕にこの事実を言ってもきっと信じてもらえないと僕自身が思っている。
「課題として出された張本人に言うのもなんですけど、正直何も考え付きません……」
威勢よく部屋を出てきたのは良いが、正直何をどうすれば良いのか皆目見当もついていない。
そもそも、そんな簡単に自身の限界を超えられるのなら苦労はしない。
学院に入学してからずっと、僕は僕なりに己と向き合い、努力はしてきたのだ。その結果がこの有様なわけだが、だがそれでも、努力を怠ってきたわけではないと思う。……いや、思いたい。
「まあ、そうだよね……」
クレア先輩も苦笑いを浮かべている。
「うぅっ、すいません……。僕の魔力特性である『停滞』、これをもっと上手く使えれば良いんですが……」
言いながら、僕は腰のホルスターに下げていた魔銃を木の机の上にコトリと置いた。
鈍色に光る銃身は、僕の栗色の髪を僅かに反射していた。
「ああ。君がこの前森で使っていた武器だね。今まで使っているのを見たことがないけど、それは君の触媒ととらえて良いのかい?」
「ええ。つい最近発明した僕専用の触媒です。僕の魔力特性では通常の魔術は発動するのに時間がかかりますから、予め魔術を発動直前で停滞させて保存し、打つ瞬間のみ開放するように設計してみたんですが、発動こそすれ威力は初級魔術の1/10程度しか出ないという有様でした」
このままでは魔力を操らない生き物にしか通用しないゴミクズだ。
しかし、物理的に魔弾に刻める魔術式に限りがある事実は変わらないため、正直八方ふさがりも良いところだ。
「発想はとても面白いんだけどね……。うん、きっと、ユリウス君の答えは間違いではないのだと思う」
「だと良いんですけどね」
先輩の言葉に、僕は弱弱しい笑みを浮かべる。
実際ゴブリンシャーマンには一切攻撃が通らなかったので、改善の余地どころか根本から間違っているのではないかという気がしてならない。
「いや、私は本気でそう思っているんだよ。その触媒は君の魔力特性だからこそ扱える武器なのは間違いないし、だからこそ、もう一歩で完成するんじゃないかと思えるんだ」
「あ、ありがとうございます」
魔力特性は僕にとってコンプレックスの象徴であり、馬鹿にされることは多々あっても褒められることなどまずなかったので、気恥ずかしさからポリポリと頬を掻いてお礼を言った。
「うっ!」
先輩はいきなり呻き声を上げて机に突っ伏した。
「せ、先輩!?」
「だ、大丈夫だよユリウス君。あまりに可愛くて心臓が止まりかけただけさ」
「それは大惨事なのでは!? というか、何が可愛かったんです?」
突拍子もない彼女の発言に、僕は純粋な疑問を感じて聞いた。
「いや、何でもないよ。話を続けようか」
先程の奇行など無かったかのように、彼女はキリっとした表情でそう言った。
「は、はぁ……。とにもかくにも今の僕の課題は、この魔銃の威力を上げることですね」
「う~~ん。威力か……。単純な考えで言うなら、術式の数が増えれば増える程大魔術に近づいていくよね」
「ええ。ですが……、これを見てください」
僕は言いながら、魔弾の一つを彼女に手渡した。
「ほうほう。これに魔術が……。ってなるほどね。これは確かに、術式そのものでの威力の向上は難しそうだね」
彼女は魔弾を手に取ってあらゆる角度から眺めて合点がいったというように溜息を吐いた。
「先輩も理解していただけたとは思いますが、その小さな弾に込められる術式なんて些細なものです。これ以上術式数を増やすのはあまり現実的ではありませんね」
「後は術式をどれだけ精巧に書き込めるかだけど、これに関しては申し分なさそうだねぇ」
「まあ、これを言ってしまえば元も子もないですが、魔弾の型はかなり慎重に取りましたからね。どれを見ても同じにできているはずですよ」
本当にこれ以上何を改善すれば良いのか分からない。
そもそも、多少の改善でどうにかできるという域を超えているような気がしてならない。
「ん~~。あ、そうだ」
「何か思い付きましたか?」
「いやね、そもそも術式を書き込むスペースが少ないなら魔弾自体を大きくしてはどうかな……なんて」
「一理ありますが、それでも根本的な解決にはならないでしょうね。初級魔術に匹敵するだけの術式を書き込めるほどの魔弾の大きさにしてしまうと、戦闘中の取り回しに問題が出てきてしまいそうです。それに――」
「それに?」
「――仮に大きさを2倍にしてしまえば重量は8倍になるのに対し術式を書き込む表面積は4倍にしか――。いや、ちょっと待ってください……っ」
「ユリウス君?」
僕はガタリと席を立ち、己の記憶を必死に掘り起こしていく。
ぶつぶつと己の知識を確かめるように呟いていく。
「そもそも術式数で魔術の威力が向上するのは何でだ? 答えは単純だ。術式そのものに意味があるだけではなく、術式全体に含まれる魔力量が増加するからだ。僕の魔術の威力が低いのは魔術式を満たす魔力が少ないのも原因の一つだ。だけどもし、仮説が正しいなら……っ!」
僕は掴みかけた手がかりに、著しい興奮を覚えた。
「先輩すいません! 失礼します!」
一刻も早く、この仮説の裏付けを探さなければならない。
「え!? ユリウス君!?」
先輩の驚きの声を背に、僕は談話室から飛び出して学院が誇る大図書館へと向かう。
講義など、一回欠席したところで大した問題はないだろう。
はやる気持ちと共に、僕は赤いじゅうたんが敷かれた廊下を駆け抜けていった。
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