50.不思議な後輩
「ち、違、俺は」
エドガーが表情引きつらせながらじりじりと後退った。
恐慌状態に陥りそうになっているエドガーを安心させるように、私はできるだけ穏やかに話し掛ける。
「落ち着いて。誰にも言わないわ」
幸いにも人混みの中で先ほどの光景を見ていた者は誰もおらず、騒ぎにはなっていない。だがもし大神殿のある聖フィリア教会のお膝元で闇属性と知られたら、エドガーがどんな目に合うか。信者でない私でも流石に分かる。
「聖フィリア教徒じゃないってホントなんすね」
私の言葉を信用してくれたのか、エドガーがほっと胸を撫で下した。このまま話を聞きたかったが、通行人が立ち止まっている私たちに眉を顰めていたため、横並びで歩きながら尋ねる。
「あの狼は、貴方の契約している精霊?」
「っス。つっても影の概念に近いみたいなもんですけど」
ちらりと地面を見たエドガーの影が一瞬狼の形に変わる。本人は影の概念と言っているが、おそらく中級精霊ほどの知性はあるだろう。随分と悪戯っ子のようだ。
「このこと、学院は……」
「知ってるッスよ。学院で孤立してる俺に唯一普通に話し掛けてくれたのがキース先輩だったッス」
そういえばキースは祖母の影響で聖フィリア教でも土着の精霊信仰とも違う、砂漠の向こうの国の宗教を信仰していた。確かに闇属性への偏見も無いだろう。もっともそういった事情を抜きにしても、キースの性格的に気にしないと思うが。
「サークルに誘われて、先輩たちはちょっと……いやかなり変わり者で大変ッスけど、今はそれなりに楽しいッス」
「そう、それなら良かったわ」
少しはにかみながら話すエドガーに、私は目を細める。苦労を掛けて申し訳ないという気持ちがあったのだが、少なくともエドガーはあのサークルを居場所だと思ってくれているのだ。
「マリア先輩の方こそ、キース先輩の手前ああ言っただけで、本当は修道院に残ってたかったりしないッスか?」
「それはないわ! あ……いえ、修道院の人たちはとても良くしてくれているし、生活も慣れればそこまで苦ではないのよ。でも……修道院を出たいのは本当」
修道院で穏やかに暮らし、神サマに祈りを捧げる道もあるのだろう。
だが私は──神サマを信じることができない。
聖フィリア教徒の彼らとは考え方や価値観が根本的に違う。このままずるずると修道院で生活していたら、きっといつか耐えられなくなる。それなら貴族令嬢としての生き方を捨て、魔術師としても半人前で終わるとしても、修道院を出て自分らしく生きていきたい。
だから南の大修道院の人たちがどれだけ好ましくても、今の生活が悪くないと思えるほど楽しくても、私の居場所はここではないのだ。
「それを聞いて安心しました。多分キース先輩は本気ッスから。……あ、お迎えが来たみたいッスね」
「え?」
エドガーが立ち止まるのと同時に、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いた~~~!!!! 聖女様~~~~!!!!」
声のした方に目を凝らすと、上空を飛んでいるガブリエラがこちらへ向かってきているところだった。普段は嫌だと言っても纏わりついてくるというのに、今の今までどこに行っていたのだか。
「じゃ、俺はこれで。カトリーヌにお大事にって伝えといてください」
「ええ、ありがとうエドガー……あら?」
隣にいるエドガーの方を仰ぐと、もうそこに彼の姿はなかった。まるで一瞬の内に消えてしまったかのように。慌てて辺りを見回すも、雑踏の中に紛れてしまったのかエドガーを探すことはできなかった。
「うわ~~ん! 聖女様~~! ご無事で良かったですぅ~~!!」
私目掛けて飛んできたガブリエラがおいおいと号泣して私の肩に縋りつく。服に鼻水を付けられては堪らないので引きはがそうとするが、思いの外強い力に仕方なく引き離すのを諦めた。
「よく言うわ。私を置いて逃げたくせに」
「違います~! 聖女様が連れ去られた場所までついて行って、これから助けに行くところだったんです~! ほら!」
ガブリエラが自分がやって来た方を指さす。すると、人混みに押し出されるようにしてシスター・カトリーヌが私の前に飛び出してきた。そのまま転びそうになっているシスター・カトリーヌを慌てて支える。
「シスター・マリア! 良かった、見つかって……」
「カトリーヌ、どうしてここに!? 動いて平気なの?」
「はい、休んだら大分良くなりました。シスター・マリアこそ、中々戻ってこないから心配したんですよ」
ほっとした様子のシスター・カトリーヌに、色々とトラブルがあったとはいえ申し訳なかったとばつが悪くなった。
「それは……ごめんなさい。その、もしかして、私を探しに……?」
「はい。でもすぐに合流できてよかったです。これも光の精霊様のお導きのおかげですね」
シスター・カトリーヌの視線がガブリエラの方に向いた。聞けば私を探しに行くという話が出たところでガブリエラ──シスター・カトリーヌには光の球体のように見えているらしい──が彼女の周りをしきりに飛び回って訴え、まるで居場所を知っているかのように案内していたらしい。
ぐずっていたガブリエラが鼻をすすり、じとりと私を見上げる。苦しい言い訳かと思ったが、本当に私を助け出そうとしての行動だったらしい。
「……悪かったわ」
ぼそりと呟くと、それを聞いたガブリエラが泣きはらした顔でにこりと笑った。いつもならばこの段階で誇らしげな顔でふんぞり返るというのに、本当に調子が狂う。
「シスター・カトリーヌ、勝手に側を離れては困ります」
「急に走り出して一体どうし……マリア!」
人の間を縫ってシスター・イレーナたちが現れ、私は皆と合流を果たした。全員が一様に安堵の表情を浮かべるのを見て、心苦しい気持ちでいっぱいになる。
「心配した」
アレクシスからはただその一言だけだったが、付き合いの長さから彼がどれだけ気を揉んでいたか、よく伝わってきた。むしろ年長者のシスター・イレーナから少し長めのお小言をもらったが、かえって心が軽くなったくらいだった。
「そういえばシスター・マリア、その袋は?」
来た道を戻りながら、シスター・カトリーヌが私の抱えている紙袋を指さす。
「ああ、これ? 薬よ。もう回復したみたいだから、後で栄養剤だけ渡すわね」
「もしかして、私のために薬を売っている露店をずっと探して……?」
「……まぁ、そんなところよ」
遅くなった理由は別にあるのだが、そう思われていた方が都合がいいので曖昧に言葉を濁す。キースたちのことを話すのは憚られた。本当のことを一から話せば長くなるし、何より修道院を抜け出す見通しが立ったことがほんの少しだけ後ろめたくて、私の口を重くしたのだ。
「そうそう。薬をくれた方が熱心な聖フィリア教徒で、快く薬を譲ってくださったわ。シスター・カトリーヌにお大事に、って」
決して嘘は言ってないから、とエドガーに心の中で謝りながら敢えて話題を変える。思えばエドガーはキースといるときは苦労人という印象が強かったが、二人で話しているときはどことなく陰のある雰囲気があった。なぜ私に迎えが来たことに気がついたのかは分からないが、それは次に会ったときにでも聞けばいい。
「あら、そういえば……」
──私、カトリーヌの名前、教えたかしら?




