47.怪しげな二人組
「すごいお芝居でしたね! 最後の方なんて、感動して泣いてしまいした」
「ええ、本当に」
観劇の後、赤い目元のまましゃいでいるシスター・カトリーヌに私も頷いて同意を示した。
舞台は脚本、構成、役者の演技力、演出、美術のどれもが王都で見た演劇に勝るとも劣らないほどレベルが高かった。正直王都の劇団顔負けの面白さだ。
しかもカーテンコールでの舞台挨拶で、この公演を行っている劇団の構成員は役者から大道具小道具も含めて西の大修道院の修道士や修道女たちだと知ってさらに驚いた。普段は慰問として聖書の一節や聖女の逸話の公演を行っており、ここが西の大修道院のお膝元であるため多少の脚本の着色や昨日の古代竜しかり演出が過激になるなど羽目を外しているが、いつもはもっと畏まった舞台であるらしい。
「だ、大体合ってる……!」
ずっと劇を食い入るように見つめて黙り込んでいたガブリエラが絞り出すような声で言った。
「あら、大体合ってたの?」
「やや誇張されている部分はありますが、ほぼ合ってました。唯一違うところがあるとすれば……。あ~、もどかしい! 伝えられないのがこんなにももどかしいなんて!」
てっきり舞台の御遣い役にでも文句を垂れるかと思ったのだが──何せ南の大修道院に現れた八頭身の御遣いは絵姿にできないほど美しかった──どうやら聖女の手記を元にしただけあって多少脚本に着色はあってもリアリティのある内容になっているようだ。いや、決して幻覚の小人の戯言を真に受けているわけではないのだが。まだブツブツと何か言っているガブリエラは放っておいて、群衆とともに広場から移動する。
舞台が終わったのがちょうどお昼過ぎだったので、そのまま昼食を取る流れとなり、休憩場所で席を確保する方と屋台へ買い出しに行く方で別れる。アレクシスと二人で屋台へ向かったクロエ卿の顔が赤かったのは、陽射しのせいだけではないだろう。
芝居の感想を話しながら休憩所へと向かっていると、シスター・カトリーヌがふらりとよろめいた。シスター・イレーナが咄嗟に支えたため倒れはしなかったが、いつものように何もないところで転んでいるわけでもない。
心配して駆け寄ると、シスター・カトリーヌは頬を紅潮させて目を回していた。劇に興奮して顔が赤いだけかと思っていたが、様子がおかしい。近くの木陰にあったベンチにシスター・カトリーヌを座らせる。
「今日は陽射しが強いし、軽い熱中症かしら。朝食はちゃんと取ってたし……、昨日はちゃんと眠れた?」
「実は、今日の劇が楽しみすぎてあまり眠れなくて……」
「きっとそれが原因ね」
寝不足気味なところにヴェールをで日光を遮っていても堪える暑さの中でじわじわと体力を消耗していたのだろう。おまけに素晴らしい舞台に興奮しすぎて疲労に気づかなかったときた。
ひとまずシスター・カトリーヌを近くの日陰に休ませる。秘跡は術者本人には効きにくいので大神殿に戻って秘跡を使える聖職者に診せようかとも考えたが、少し休めば良くなるからとシスター・カトリーヌ自身に止められた。少しでも涼しくなるようにとシスター・カトリーヌの頭からヴェールを外して風の魔術で微風を送るが、生暖かい風では気休めにもならない。
「私、果実水でも買ってくるわ。二人とも、シスター・カトリーヌを頼みます」
「は、はい。お気をつけて」
「シスター・カトリーヌ。貴女のヴェール、借りてくわよ。こっちの方が日除けになりそうだし」
「すみません、よろしくお願いします……」
私は自分のヴェールをシスター・カトリーヌのものと交換して頭に被せる。生地が厚い分、陽射しを遮るにはちょうどいい。シスター・イレーナとシスター・コレットに後を任せ、私は果実水を買いに屋台の連なる通りへと向かった。
スリや掻っ払いに気をつけながら、立ち並ぶ店を見回して果実水の店を探す。昨日はアレクシスが買ってきてくれたため果実水の屋台の場所が分からず、見つけるのに思っていたよりも少し時間が掛かってしまった。ついで薬も売っていたらとあちこち屋台を見回して探していたのだが、すぐそばに大神殿があり、秘跡に頼れるからか薬を置いている売店はどこにもなかった。
店主から果実水を買い求めると、中身を零さないように、しかし急ぎ足でシスター・カトリーヌたちの元へと戻る。
先に露店の方へ向かったアレクシスたちと合流できればよかったのだが、残念ながら多くの人が行き交う人混みの中では見つけることができなかった。行き違いになってしまったのかもしれないが、はぐれた場合は広場の噴水前に集合すると決めているから大丈夫だろう。
人とぶつからないよう慎重に歩いていると、突然路地裏から伸びてきた手に腕を掴まれ、そのまま狭い路地へと引きずり込まれる。腕を引っ張られた拍子に果実水を落とし、零れた液体が地面に沁み込んでいく。
「なっ」
「聖女様!」
私の腕を掴んだ謎の人物は黒いローブを纏っており、フードを被って顔を隠していている。
「何するのよ! 離して!」
何とかして相手から逃れようと身体強化の魔術を行使して振り払おうとするががびくともせず、そのまま薬品が沁み込んだ布で口元を覆われる。
私を呼ぶガブリエラの声を最後に、私は意識を失った。
*
「違う、カトリーヌじゃない……!」
路地裏の奥から現れた、もう一人の黒いローブの男が地面に倒れ込んだ修道女の顔を確認して狼狽する。
男の発言に、修道女を眠らせたもう一人の黒いローブの人物が食って掛かる。
「ハァ!? 十代後半の金髪ロング、このヴェールだって、昨日お前が見かけた次の聖女と同じじゃん!」
「だって確かに昨日はこのヴェールを被ってて……」
「だってじゃない! 人違いとかマジでどうするんだよ! ……ん? あれ? マリア!?」
修道女の顔をまじまじと見て、修道女を眠らせた方の人物が驚いた顔をする。
「知り合いっすか?」
「前に話したじゃん! 魔術学院にものすごい天才学者の娘がいたって。この子だよ」
「ああ、うちのサークル長で、先輩の唯一の友達……」
「一言余計! とにかく、マリアだったら話は別だ。ちゃんと謝れば許してくれる……はず! そうと決まれば早速隠れ家に連れて行こう!」
男の方が修道女を担ぐと、黒いローブの二人組は路地裏の奥へと消えていった。




