46.公演『聖女と魔王』
古代竜が去った後はまた皆でマーケットに向かい、屋台を見て回ったり、各々欲しい物を買って過ごした。
私は少し上等な紙を使った便箋と青色の美しいインクを購入した。修道院の手紙の検閲が無くなったら、父の研究関係者か魔術学院の友人に連絡を取るつもりだ。
それから街の教会周辺で西の大修道院付近の教会や修道院を集めてバザーを行っていたので、そこでラピス大司教へのお土産としてお菓子を買った。なお、アレクシスはそこにも知り合いがいたらしく、やはりというか修道女たちに群がられてあれやこれやとお菓子を渡されていた。帰りにアレクシスから食べきれない分をいくつか貰ったのだが、半分以上がガブリエラの胃の中に入った。
そして夏至祭二日目。
今日は演劇を見るため、私たちは広場前の劇場に来ていた。人気の演目なだけあって、客席はすべて埋まっており、観客は劇が始まるのを今か今かと待ちわびている。
私たちがいるのは真ん中より少し前の席で、舞台全体が見やすく、朝早くから来た甲斐があったというものだ。
夏至祭では『聖女と魔王』の演目を必ず行っており、話の大筋は同じでも、脚本や演出が毎年少しずつ異なるのだそうだ。何でも近年聖女の遺した手記が見つかり、今年はそれを元に脚本を大幅に変更、再構成された内容になっているらしい。
「私、こんなに本格的なお芝居を見るのは初めてです! 楽しみですね!」
「は、はい」
「そうね。私も演劇は久しぶりだわ」
元々私自身、演劇やオペラは貴族としての嗜みとして茶会の話題に上がっているものを見に行く程度で、あまり詳しいわけではないが、久しぶりの娯楽に少し気持ちが高ぶっている。
「あの、私もご一緒してよろしかったのでしょうか」
落ち着かない様子のクロエ卿がおずおずと尋ねた。
「もちろんです」
「ローラン司祭の言う通りです! こういうのは大勢の方が盛り上がりますし!」
昨日古代竜とともに飛び去ってしまったクロエ卿も宿泊は私たちと同じ西の大神殿であったため、シスター・カトリーヌが誘ったのだ。知らない人間ばかりで気を遣わせるのではとも思ったが、人見知りしないシスター・カトリーヌが積極的に話しかけ、知り合いのアレクシスがところどころフォローを入れているのでそこは安心だ。年相応の笑顔を浮かべるクロエ卿に、シスター・イレーナも心なしか嬉しそうにしている。
「ラブロマンスぅ!?」
私の後ろでガブリエラの素っ頓狂な声が上がった。
「な~にが聖女様の禁断の恋ですか! 御禁制です! こんな劇、今すぐ中止させるべきですよ!」
どこから聞こえてきた噂かは知らないが、今、壮大なネタバレ食らった気がする。
水を差された気分になり、私は顔の周りをうろちょろと飛び回って騒ぐガブリエラを締め上げた。この喧噪の中だ。多少私が独り言を言っていたとしても気づかれないだろう。
「だったら魔王を倒した聖女の話、詳しく教えなさいよ。貴方、何度聞いてもはぐらかしてちっとも話さなかったじゃないの」
「ぐえぇっ、それはその……。駄目です! 言えないんです~!」
結局これである。しかも魔王の封印についてはむしろガブリエラが知りたがっているくらいなのだ。この公演で何か夏至祭に関する新しい情報を知ることができるといいのだが。
そうこうしていると公演の始まりを伝えるアナウンスが入り、舞台の幕が上がる。
暗雲立ち込め薄暗く不気味な城の中を背景に、魔王と聖女が対峙していた。
漆黒の全身鎧で武装した魔王が玉座に鎮座し、聖女を睥睨する。その周りには鎧と同じく漆黒の剣、槍、杖などの武具が大理石の床に突き刺さっている。細部まで作り込まれた装飾や朽ちかけた城の背景、雷鳴の効果音が魔王の禍々しさを演出していた。
一方、白銀の鎧を纏い、聖剣を腰に佩く聖女は片手に聖なる旗、もう片方の手に盾を持ち、毅然とした表情で魔王を見上げる。上から真っすぐ伸びる白い照明の光と、光を反射して粒子のように輝く武具や鎧が、聖女の神聖さを際立たせていた。
「貴方様をお救いするために、ここまで参りました」
凛とした聖女の声が響く。
「世迷言を。お前もここで死に絶えるがいい!」
立ち上がった魔王が傍らの剣を手に取ったのを合図に、聖女と魔王の戦いが始まる。互いに手持ちの武具を手を変え品を変えて火花を散らしながら鍔迫り合う。離れて距離を取ったかと思えば二人の足元で魔法陣が光り、光と闇の白と黒の光弾がぶつかり合う。
しかし戦況は魔王城最深部に辿り着くまでに消耗していた聖女の劣勢で、魔王の闇の力に圧倒された聖女は何度も膝を屈し、倒れる。それでもなおも立ち上がろうとする聖女に、魔王が問いかける。
「なぜ立ち上がる? いや、立ち上がれる?」
「私が倒れるわけには参りません。共に戦う仲間のためにも!」
舞台が暗転し、聖女の回想に入る。
魔王城前、地上には魔物が跋扈し、空にドラゴンが飛び交う中で聖女に希望を託し、道を切り開くためだけに特攻する戦士。魔王城に張り巡らされた罠を解くために残った賢者。
そして、魔王幹部との戦いで聖女を庇い、命を落とした聖騎士。聖騎士は台詞も多く、別途平和だった頃の二人の回想もあったので、聖女の想い人であったことが察せられる。
舞台が再び聖女と魔王の決戦の場へと戻る。立ち上がった聖女が聖旗を掲げて叫ぶ。
「私にご加護を!」
すると聖女の後ろに純白の翼を持った御遣いが降り立ち、聖女に祝福を与える。神々しい聖女の光に魔王の目が眩んだ瞬間。聖女が魔王を討つ。
「魔王よ、どうか安らかに……」
聖女が呪文を唱え、魔王を封印する。苦悶の声を上げていた魔王が最後、僅かに安らかな笑みを浮かべて消え去る。鉛色の空が晴れ魔王城に光が射しこみ、長かった戦いの終わりを告げた。
かくして世界に平和は訪れた。しかし、魔王封印のために払った代償はあまりに大きかった。
聖女は犠牲になった仲間の死を悼み、修道院で祈りを捧げる日々を送る。そして魔王を封じた日──彼女の愛した聖騎士の命日だ──には毎年必ず花を手向ける。聖騎士が生前好きだと言っていた花を。
舞台の幕が下り、一瞬の静寂が支配する。そして誰かが漏らした感嘆の溜息の後、割れんばかりの拍手と歓声が舞台を包み、私も立ち上がって賞賛の拍手をしていた。




