37.夏至祭への招待状
シスター・コレットとともに厨房で、勤務中だからと断られたシスター・イレーナとグレン卿の分を除いた全員分のお茶を用意する。
私もお茶くらいは自分で淹れられるが、シスター・コレットに教わるまで、お茶を運ぶ時間まで計算して淹れるなんて考えたこともなかった。
聖女の侍女なんて御免だと思っていたが、修道院抜け出した後のことを考えると仕事の幅を増やすに越したことはないので、ラピス大司教の侍女やシスター・コレットに教えを乞うている。
シスター・イレーナとグレン卿には仕事の後に摘まめるよう焼き菓子を包み、ティーカップを乗せたワゴンを運んで部屋に戻ると、ラピス大司教を中心にテーブルを囲んで大いに盛り上がっていた。
侍女にテーブル上のバザー品を手渡されたラピス大司教が刺繍の縫い目を指でなぞり、その模様の部分をシスター・カトリーヌが一つ一つ丁寧に説明していた。
目が見えない代わりに他の感覚が発達しているラピス大司教は、全体の形や縫い目、糸の感触で刺繍を楽しんでいるようだ。
「これは、ひとはりひとはり、きもちをこめてぬわれていますねー」
「シスター・コレットのものですね。その花びらの部分は交互に色が違って……ええと、縫い方が少し違っているんです」
「うーん、これはなんだかおおざっぱですねー。ぬいめはきれいなのですが」
あ、それ私のだわ……。
「だ、大司教様、こっちのレース編みも触ってみてください!」
テーブルにカップを配りながら、触れただけでそんなことまで分かるのかと感心していると、私に気を使ったシスター・カトリーヌが咄嗟に話題を変えた。
何とも言えない気まずさに、私は配膳をシスター・コレットに任せると入り口近く、ラピス大司教たちがいるテーブルから一番遠いテーブルを陣取っていたジェイド司教にもお茶を持っていった。
私が入り口の前に立ってラピス大司教を見守っているグレン卿に焼き菓子の包みを渡すと、彼はにこやかに礼を述べた。
当然のように茶を受け取ったジェイド司教とは大違いだ。
「夏至祭かー、懐かしいわー」
グレン卿が懐かしそうに目を細めた。
「昔、教官が夏至祭の前日にオーブン爆発させてもーて……」
「グレン」
グレン卿が懐かしそうに目を細めて語っていると、シスター・イレーナが名前を呼んで遮った。
その冷ややかな声にグレン卿がビクッと反射的に背筋を伸ばす。
「余計なことは言わなくてよろしい」
「はい、すんませんでした!」
キッと睨まれたグレン卿は震え上がっているが、咳払いをするシスター・イレーナは多分照れているだけだ。当人も不器用だと自称していたが、さらに親近感が湧く。
私の椅子はアレクシスが使っているので、ジェイド司教のいるテーブルに同伴することにして、シスター・イレーナに叱られて落ち込み気味のグレン卿に話題を振った。
「東でも何か作るのですか?」
「そやでー。夏至祭の日は貴族出身の奴らみたいな無駄に顔のいいやつが全員集められてクッキーとか作らされるんよ。そんで俺が作りましたって看板ぶら下げて配ってるとな、御婦人たちがこぞって買うてくれんねん」
「目に浮かびますわ……」
きっとグレン卿も駆り出された男性の一人だったのだろう。
グレン卿の人好きする笑顔に惹かれて集まる女性たちの姿が容易に想像できた。
話によると東の大修道院の夏至祭は、他の教会や修道院よりも弔いの意味合いが強いらしい。
昼間こそ南の大修道院と変わらないが、夜は修道院の人間だけで神殿に花を供え、修道院近辺や教会領の魔物討伐を行っている関係上毎年少なからず出る犠牲者を厳粛に弔うそうだ。
聖騎士は別地方の夏至祭の警備に行くこともあって、グレン卿は各地の祭の違いにも詳しかった。
「警備で行ったことあるんやけど、西の夏至祭はすごいでー。大神殿までの通りに市場ができててめっちゃ賑わってるんよ。他にもお芝居があってな、俺は見れんかったけど、盛り上がってたでー」
「あの、どんなお芝居なんですか?」
グレン卿の話に聞き耳を立てていたらしいシスター・カトリーヌが、ラピス大司教の顔色を窺いながらもおずおずと尋ねた。
ラピス大司教は無反応で、グレン卿をいないものと扱うことに決めたらしい。
グレン卿はがっくりと肩を落としながらもシスター・カトリーヌの問いに答える。
「聖女と魔王をテーマにしたやつでな。毎年やってるんやけど、ヒルダレイアちゃんがプロデュースするようになってからは大人気の演目やねん」
「わぁ、いつか私も見てみたいです」
シスター・カトリーヌが目を輝かせると、ラピス大司教が口を開いた。
「みれますよー」
ラピス大司教が懐から一通の手紙を取り出すと、シスター・カトリーヌに手渡す。
「さきほどヒルダから、にしの夏至祭への『しょうたいじょう』がとどきました。あなたあてですー」
なるほど、ラピス大司教が時間より早くやってきたのは、この手紙を渡すためらしい。
手紙の封を切り、その内容をカトリーヌが読み上げる。
「ええと……。
拝啓
シスター・カトリーヌ様ならびに南の大修道院の皆様におきましてはますますご清祥の事とお慶び申し上げます。
この度、西の大神殿の夏至祭にて行う一般非公開の儀式にご参列していたただき、次期聖女となる私の歴史に残る大儀式の見届け人となっていただければ幸いです。
お忙しいところ恐縮ですが、ご出席くださいますよう心よりお願い申し上げます。
敬具
あの、シスター・マリア。追伸にあなたも連れてきてほしいって書いてあるんですが……」




