36.聖女の侍女になりまして
感想いただきありがとうございます。
更新止めてたのは単に創作意欲(と軽いスランプ)の問題だったので、これからはもう少しマシになるかと…。
次期聖女の侍女になる件を了承した後、すぐにラピス大司教の元へ報告に向かおうとしたアレクシスを問答無用で休ませてから二人で執務室に戻った。
シスター・イレーナとシスター・コレットは部屋におらず、入れ替わりにシスター・カトリーヌが来ていた。
アレクシスが私のことを伝えるとラピス大司教は満足そうに頷いた。
聞けばシスター・イレーナもシスター・コレットも護衛と侍女の任を引き受けたとのことだった。
きっと高位の聖職者の頼みゆえ辞退することができなかったのだろう。
シスター・カトリーヌは護衛と侍女をつける話をすでに知っていたらしい。これからよろしくお願いします、と侍女を付ける趣旨を本当の意味で理解していない様子でぺこりと頭を下げたシスター・カトリーヌの律儀さに苦笑いした。
翌日から、私の生活は一変した。
大部屋からシスター・カトリーヌの部屋の近くの個室に移動になったシスター・コレットとラピス大司教付きの侍女に仕事を学びながら、一日中シスター・カトリーヌについて回っていた。
新しい仕事を覚えるのに精いっぱいな私とは反対に、シスター・コレットは意外にも慣れた手つきでシスター・カトリーヌの世話をしていた。
前にガブリエラが言っていたシスター・コレットが女主人に仕えていたに違いない、という話は、あながち間違いではないのかもしれない。
もう一つ大きな変化があったといえば、修道女から聖騎士として過ごすようになったシスター・イレーナだ。
最後に聖騎士の制服に腕を通したのはかなり前らしいが、赤茶色の髪を後頭部で高く結い上げ詰襟にパンツスタイルの制服に身を包んだシスター・イレーナの凛々しさに、若い修道女どころか修道士や警備兵まで見惚れていた。
主にお茶をしながらされるラピスの教えは様々で、聖女の行う公務の内容から教会の組織構成、南と総本山でのしきたりや儀礼の違いなどから、聖女としての心構えや在り方を説き、シスター・カトリーヌはしきりに頷きながら聞いている。
次期聖女となるシスター・カトリーヌは普通の修道女と一日のスケジュールがかなり異なり、神学校での授業や祈りの時間に多くを割かれていた。
シスター・カトリーヌが行う祈りは聖女一人で行う特別なものらしく、その間は外で待っているだけでよかった。
一緒に祈れと言われたらどうしようかと思った。
秘跡の授業は中級まで進んでおり、もうすぐ上級秘跡を学ぶ段階らしい。
特殊な術式に興味は尽きず、シスター・カトリーヌの側で控えるという体で講義を聞き、休憩時間に旧礼拝堂で学んだ知識をまとめて研究を進めている。
秘跡を間近で見られるという条件に飛びついてしまったが、授業は聖女に必要な知識となる教会の歴史や古代語で書かれた聖書の原文の講義などもシスター・カトリーヌの横で受けなければならないのは、正直苦行でしかなかった。
「恨むわよアレク……」
今私がいるのは神学校の教室ではなく、人払いされた共同サロンの一角。
テーブルの上には色とりどりの糸と布が並び、小声で恨み言を呟きながら針を刺していく。
刺繍が嫌で聖女サマの侍女を引き受けたはずが、夏至祭のバザーのことを知ったシスター・カトリーヌが自分も手伝いたいと申し出た結果、今日一日はバザー品を作ることとなった。
図面を参考にチクチクと縫い始めて数時間、ようやく感覚を取り戻してきたところだが、やはり苦手なものは苦手だ。
「あ、あの……、こ、ここはどうすれば」
「ああ、そこはこういう風に針を通して……」
私の隣にいたシスター・コレットに図面を指さしながら尋ねられ、思考を切り替えて実際にやってみせながら教える。
私の手元を真似るシスター・コレットは基礎はできているものの、きっと引っ込み思案な性格が災いして、細かいところや応用部分が分からなくても聞くに聞けなかったのだろう。
「できました!」
繊細な刺繍の施されたブラウスを手に、シスター・カトリーヌが達成感に満ちた顔で微笑んだ。
「は、早いですね……。も、もう三枚目なんて、す、すばらしいです」
「しかもそのデザイン、自分で考えたんでしょう? 私、図面なしじゃ絶対できないわ」
「久しぶりにすると楽しいですね。アイデアもどんどん浮かんできます」
ずっと集中して針を刺していたから声を掛けなかったのだが、シスター・カトリーヌの裁縫の腕は中々のもので、仕事が早い上に丁寧で、私の刺繍はあくまでも嗜み程度なのだと思い知らされる。
修道院に入る前は、昼間は街の仕立て屋で針子をしていたらしい。しかも夜は弟妹の面倒を見たり両親の経営する食堂の手伝いをしていたというのだから舌を巻く。
「とても素敵な模様ですね」
私とシスター・コレットが見事な刺繍を手放しで褒めていると、少し離れていたところで私たちを見守っていたシスター・イレーナがシスター・カトリーヌの後ろからブラウスを覗き込んだ。
「羨ましいですわ。恥ずかしながら私、武術以外はさっぱりでして。皆様のように手先が器用ならよかったのですが」
聖騎士としての側面を知る前は修道女の鑑のような女性だと思っていたのもあり、シスター・イレーナの意外な発言に、少しだけ親近感が湧いた。
それからシスター・カトリーヌたちはシスター・イレーナを交えながら、テーブルの上に置いてある自分たちの作った刺繍で盛り上がり始めた。
「この部分はなど特に、どうなっているのか私にはさっぱりです」
「あ、そこは私も聞きたいです! シスター・コレットが刺したんですよね?」
「は、はい。え、えとそこは、と、途中で糸の色を変えて……」
コレットがたどたどしく答えるのを二人が熱心に聞いているのを眺めながら、私はふと思ったことを小声で口にした。
「聖女サマ自ら端正込めて刺繍したバザー品……結構高値で売れるんじゃないかしら」
「……マリア」
頭上から名前を呼ばれて顔を上げると、いつの間にか背後に立っていたアレクシスと目が合った。
一体いつの間に。
アレクシスはシスター・カトリーヌたちに一礼した後、じとりとした目で私を見下ろした。
こちらを嗜めるような視線に耐えられず、ばつが悪くなって目を逸らす。
「……別に言ってみただけじゃない。というか貴方が来たってことは……」
「ごきげんようー」
朗らかな声が響き、侍女に車椅子を押されながらラピス大司教が入ってきた。
全員が立ち上がって礼をしようとすると、手で制される。
まだラピス大司教との授業の時間には少し早いように思えるのが。
ラピス大司教は侍女の補助によってテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろすと、入り口に向かって声を掛ける。
「ついてこないでくださいー」
見れば入り口の前に立っていたジェイド司教とグレン卿ががくりと肩を落とした。
二人の謹慎は解かれたらしいが、副官と護衛の任からは外されたままらしく、つかず離れずの距離にいる彼らは尻尾の野垂れた犬のようで少し不憫だ。
「お、お茶を淹れて参りますね」
「手伝います」
シスター・コレットに同行しようとするアレクシスに割って入り、自分が座っていた椅子を指した。
「私が行くから、アレクはここに座ってなさいな」
「だが……」
「客人はアナタたち。あと、他の人は誤魔化せても私は誤魔化せないわよ。また徹夜だったんでしょう」
私が指摘すると、今度はアレクシスがうろ、と目を逸らし、渋々といった様子で椅子に座った。最初から素直に座ればいいのだ。
シスター・カトリーヌの侍女となってからはアレクシスと顔を合わせる機会が増え、会う度に死にそうな顔をしているアレクシスをそれとなく休ませている。
周りにもなぜか気安い関係だとバレていたので、節度を保つ範囲でなら特に交友関係を隠す必要もないかと開き直っている。
ただ、シスター・コレットの前で軽口を叩いた覚えはあるが、シスター・カトリーヌにも生暖かい目を向けられるのが解せない。
アレクシスは心当たりがあるようだが、彼は黙して何も語らなかった。
「それは聖女様が知らないだけですよ~」
とはガブリエラの談である。
そのガブリエラといえば。
「あら、精霊さまーもいらしてたんですねー」
「え? ……あっ! 本当です、気づきませんでした!」
ラピス大司教がテーブルの上でくつろぐガブリエラに向かって話し掛け、その方向に眼を凝らしたシスター・カトリーヌが声を上げた。
「光の精霊様、女神フィリアの眷属。信徒たる我らを見守る其の深い慈しみに感謝致します」
よく通る美しい声で祈りの言葉を紡ぎ、清廉さすら感じる立ち振る舞いで十字架を手に祈るシスター・カトリーヌはまさに聖女そのもので、神聖さとはこういう言葉を指すのかと私は息を呑む。
そして信じられないことに、シスター・カトリーヌとラピス大司教にはガブリエラが見えているらしい。
しかし私とは見えているものが違い、四頭身の小人が甲高い声で叫びながら飛び回っている姿ではなく、小さな翼の生えた光の球体がただふよふよと浮いているように見えるとのことだった。
周囲がシスター・カトリーヌに倣って祈りの言葉を述べると、ガブリエラが先ほどまでゴロゴロと寝そべっていたのが嘘のように偉そうにふんぞり反って誇らしげな顔をする。
「いや~分かる者には分かるんですよね~、この私のすごさが!」
ににやにやと口角が上がっていまいち締まらない表情のまま私にアピールするガブリエラに無性に腹が立つ。
ガブリエラを光の精霊と認めてしまえば楽なのだろうが、他の人間に光の玉程度にしか認識できないのなら、下級精霊、つまりは光という概念レベルの存在で意思の疎通などできるはずがない。
しかも今のように敬われることが増え、調子に乗ったガブリエラに絡まれる鬱陶しいという気持ちの方が遥かに上回る。
私は内心うんざりしながら周りに合わせて適当に祈る振りをした後、茶を淹れるためにシスター・コレットともに厨房へ向かった。




