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24.胸に空いた穴は

「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの、ガブリエラさん?」


 シスター・コレットは不在。厨房で火の番をさせれば鍋を焦がし、干した洗濯物には皺をつくった私と違って彼女は忙しい。

 シスター・カトリーヌはそもそも次期聖女として学ぶことが多いため、元より私たちとスケジュールが違う。

 やんわりと戦力外通告を受けた私は誰もいない薬草畑で一人、光の精霊らしき小人と向き合っていた。


「私も新たな聖女様が見つかったとしか聞いておりませんし~?」

「じゃあ何の災害も起きないのね?」

「そ、それは~……」

「だから! 昨日からずっと! 何でそこで言葉を濁すのよ!」

 アレクシスから聖女の受難の話を聞いてからずっと、ガブリエラとこの押し問答を繰り返している。


「喋りたくても喋れないんですよぅ! 私には沈黙の封印が掛かっているので!」

「封印?」

「人間には知らない方がいいことも多いので……。地上に降りたときには一定の情報を提供できないようになっているんです~」


 私は眉間を押さえながら溜息を吐いた。

 目の前の小人が光の精霊かもしれないと少しでも考えた私が愚かだった。

もしも王国を揺るがすほどの災厄が訪れるのなら、聖女云々の件を抜きしても聞き出す必要があったが、小人は私が知らないことは尋ねても答えられない、閃きもしないことは考えつかない。

 時折聖フィリア教の教義について思ってもみないことを口走るが、きっと深層意識で内在化していることなのだろう。

 甚だ遺憾ではあるが。


「もっとも、聖女様ご自身が『アレ』の存在に気がつけば私のブロックが解けるのですが……」

「アレ?」

 最近のシスター・コレットとの付き合いで耳が慣れていた私はもごもごと話すガブリエラの小声を聞き逃さなかった。

 まさか聞こえているとは思わなかったのか、ガブリエラの目が泳ぐ。


「そ、そういえば今日は大司教とカトリーヌのお茶会でしたね! 私見てきます~!」

「あっ、こら! 待ちなさい、ガブリエラ!」

 飛び去るガブリエラの背中に叫ぶが、その姿はすでに空の彼方に消えていた。


「あんの小人、後で覚えてなさい……!」

 ギリギリと拳を握りしめていると不意に後ろからトントンと肩を叩かれ、首だけ振り向くとシスター・イレーナが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

 あ、確実に聞かれた……。

 普段は誰も薬草畑に近寄らないというのに、なんと間の悪い。

 アレクシスにガブリエラとの会話、もとい独り言を聞かれたときは開き直ればよかったが、この場合はどうするのが正解なのか。


「その、シスター・マリア、今どなたかとお話していましたか?」

「いえ、ただの独り言ですわ。お恥ずかしいところをお見せしました」

「左様ですか。あの、もしも悩みがあるのなら話してください。私でよければ力になりますので」


 聖職者ってすごい。

 私なら先ほどまで一人虚空に話しかけていた不審者に対してこんなに優しい言葉は絶対に掛けない。

「お気遣い痛み入ります、イレーナ卿」

「今まで通りの呼び方で構いませんよ。その、しばらくこちらにいても構いませんか?」

「? それはどういう……」


 言いかけたところでお姉様、とシスター・イレーナを探す声が遠くから聞こえ、若い修道女たちが畑の近くをうろうろしているのが見えた。

 昨日から若い修道女たちが恋する瞳か、狩人のような目つきでシスター・イレーナを追いかけ回していて率直に申し上げて少し怖い。

 そして今薬草畑にいる私が人のことを棚に上げて言うことではないが、労働時間くらい労働してくれ。

 いくら家からの寄付によって免除されているとはいえ、仕事をする訳でもないのに畑にいたら他の労働担当者に迷惑だ。


「シスター・イレーナ、……その、大変ですね」

「昨日から突然なんです。私にも一体何がなんだか……」

 まるで心当たりがないとでもいうようにシスター・イレーナが片頬に手を当てて小首を傾げる。

 本気で言っているのだろうか。

 あれだけの勇姿を見せておいて自覚がないとは、なんとも罪作りな人である。

 

「あの娘たち、行ったみたいですよ」

「そのようですね」

 修道女たちの姿が見えなくなり、シスター・イレーナがほっと息をついた。

「では、私も仕事に戻りませんと」

「道中お気をつけて」

「ええ。……あの、シスター・マリア」

「はい?」


 シスター・イレーナは少し逡巡した後、意を決したように口を開く。

「……夫が亡くなる前、まるで誰かと話しているかのような独り言を呟いていて……。つい夫と貴女が重なって見えて……私、とても心配になってしまって。シスター・マリア、どうか辛いことがあっても一人で抱え込まないでくださいね」

 私を見つめるシスター・イレーナの瞳が揺らいだ。

 聞けばシスター・イレーナは、亡くなった夫の喪に服すために修道院に入ったという。

 

 一体どれだけ祈れば近しい人の死を乗り越えられるのだろう、そんな考えが柄にもなく脳裏を過った。

 父が死んでからというものの、遺言に従い葬儀とは言えない葬儀を一人で行い、その後の後処理を行い、そして今は修道院に放りこまれている。

 正直悲しむ暇もなかったが、私には分かっている。

 この心の揺れは後から来る。胸に空いた穴は後から痛み出す。

 あまりにも衝撃が大きすぎてもう父がこの世にいない実感が湧かない分、深く重くのしかかるだろう。

 私の中で一生残る傷が癒える日は、乗り越えられる日は来るのだろうか。


 胸の前で両手を組んだシスター・イレーナの、左手の薬指が涙のように光った。

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