表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍神の詩5 - 七色の羽根  作者: 白楠 月玻
おまけ短編 忍草
67/69

おまけ短編 - 忍草 三

「朝食はあとで誰かに運ばせる」


 手当てを終えて立ち上がりながら絡柳(らくりゅう)は言った。


大斗(だいと)のことを頼む」


 ――何であたしが……。とでも言うんだろうな。


「何であたしが九鬼(くき)大斗のことなんか」


 華奈(かな)は絡柳が予想した通りの言葉を返した。

 そう言いつつ、絡柳がいなくなれば精力的に大斗の世話をすることもわかりきっている。


 絡柳はそれ以上何も言わずに、汚れた包帯を抱え上げた。改めて見るとかなりの量だ。


「ちょっと、水月(すいげつ)大臣!?」


 華奈が慌てたように呼び止めるが、振り返らない。あきれきった顔を見られるのはまずいと思ったから。

 絡柳の口から大きなため息が漏れた。


  * * *


 華奈はしばらく絡柳が帰ってくるのではないかと身構えていたが、女官が忙しそうに熱々のかゆを持って来て以降、誰もこの部屋の近くを通りかかりはしなかった。


「あたしのために……」


 華奈は冷めはじめたかゆをゆっくりと口に運びながらつぶやいた。

 その目は大斗に向いている。


 目覚めた時は痛んだ体も、時間が経つにつれてひいてきた。大斗が中州川の激しい流れからかばってくれたおかげだろう。

 華奈はすぐに気を失ってしまったが、それでも自分を強く抱き寄せてくれたたくましい腕は覚えている。


 思い出して真っ赤になった。


 慌てて大斗がまだ寝ていることと、誰かが部屋の近くにいないことを確認して、かゆをかき込む。


 しかし、一度思い出すといろいろなことが浮かんできた。

 城下側に戻るように大斗に叫び続けたこと、彼を引きとめるために抱きついてしまったこと。


 そして――。


 華奈はあの時大斗の唇が触れた鼻先を思わず押さえた。

 今は耳まで赤く、体中が熱い。

 その前には何人もの華金(かきん)兵を斬った嫌な記憶があるにもかかわらず、思い出されるのはその場面ばかりだ。


「あなたはなんなの?」


 華奈は小さくつぶやいた。


 答えは返ってこない。


 見下ろした大斗の顔は、苦しそうにしかめられている。


 華奈は手巾で彼の額や腕、はだけた胸元に浮かび上がる汗をやさしく拭った。

 大斗の顔にかかる長い前髪をかきあげると、熱い額に手が触れた。確かめるようにもう一回額に手のひらを当てたが、やはり熱い。

 華奈は部屋の隅に置かれていた小さな桶の水で手巾を湿らせ、そっと大斗の額にのせた。


「……っ」


 手巾の冷たさのせいか、大斗の眉間にさらに深くしわがよる。


「ごめんなさい」


 しかし、華奈がそう眉間を撫でると、すぐに穏やかな顔になった。目覚める気配はないようだ。


「……大斗」


 華奈はしばらく大斗の様子を見ていたが、自分自身もけが人だ。体の痛みはそれほどではないものの、座っていると次第に体がつらくなってくる。

 倦怠(けんたい)感が限界に達したところで、華奈はのそりと立ち上がった。


 一度大斗の額にのせた手巾を冷やし直してから、はうように自分の布団まで戻る。

 そこにたおれ込んだ瞬間、ひどい眠気に襲われた。


 ふと横を見て、大斗の様子を確認したが、予想外に近い。お互いに腕を伸ばせば触れられそうな距離だ。


「…………」


 華奈はもう一度立ち上がった。

 一度寝てしまった状態から立つのはつらかったが、彼女も中州の上級武官だ。体力と精神力にはそれなりに自信がある。

 布団を大斗から最も離れた部屋の隅まで移動させ、自分と大斗の間に机を移動させる。そしてやっと自分の布団にもぐりこんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ