九章四節 - 薄日と賢帝と炎狐
* * *
「城主代理に報告いたします。城下内の主要な通りにあった障害物の撤去完了いたしました。燃やされた建築物の撤去には、数週間からひと月かかるかと――」
「いい。住民も戻りはじめた。彼らと協力して、徐々に使える路地を増やしてくれ」
城主代理とは与羽のこと。しかし、彼女に対する報告に答えたのは、文官五位の大臣――水月絡柳だった。
「はい!」
今しがた報告をした男は、次の報告者が待っていることもあり、一礼しつつ返事をして素早く去っていく。
それと入れ替わるように、戸口の前に控えていた青年が、部屋の中央にひざまずいた。
現在、謁見の間をはじめ城の多くの部屋は医務室として使われているため、天守閣の一階ですべての報告を聞いている。
すでに上階からの鉦の音はなく、剣戟の音もしない。一週間前にはじまった戦は、すでにほとんど収束していた。
華金軍の山脈側から進攻する計画は完全に阻止され、中州川の水門開放で数人の指揮官が流された。
現在の華金軍は国境付近まで撤退し、小競り合いが起こっている程度だという。すでに城主や大臣、上級武官が国境に赴き、調停を持ちかけているはずだ。
城主である乱舞の代わりとして、与羽が部屋の奥に座っているのだが、彼女は心ここにあらずといった感じで、ぼんやりしている。
終始絡柳が報告を聞き、辰海にまとめるよう指示を出していた。
謁見の間ほどではないが、それなりに広い部屋の壁一面に地図や名簿が貼られ、新しい報告が来るたびにその情報が更新されていく。
巨大な城下町の地図の前に立っていた辰海は、絡柳の目配せで使えるようになった通りに朱で線を引いた。
最も北にあるものをのぞいて、戦の前にあらかじめ分解して通行不能にした中州川の橋もいち早く修復され、日常の都市機能を取り戻しつつある。
もちろん、戻らないものも確実に存在するが……。
辰海は一角に貼られた戦没者名簿とそのわきの安否不明者名簿の名前を視線でなぞって、与羽に目を向けた。両膝を抱え、つま先を見つめたままピクリとも動かない。
絡柳はすでに次の報告を聞いている。
辰海も、与羽に流れそうになる視線を無理やり中級文官らしい青年に向けた。
彼が報告しているのは、城下町周辺の田畑の状態だ。中州川で切り離された城下町の南部と城下の北――月日の丘の北にある農地からはある程度の収穫は見込めると言う。
彼が報告を終えると、人の流れが途絶えた。
辰海は持っていた筆をおき、その場に座り込んだ。
息をついて、与羽を見る。




