八章八節 - 嵐雨と水龍の怒り
「で、あいつも――」
「つかまってな」と華奈に言ってから、大斗は飛んでくる矢を叩き落とすために構えていた刀を鋭く投げた。雷乱と戦い続ける華金兵めがけて。
「雷乱! 退却しな」
それが相手の肩に深く刺さるのを確認する前に大斗はそう命じた。手では素早く華奈の長刀を奪い取り、自分の身の丈以上あるそれを片手で油断なく構えている。
雷乱は刀が相手の肩に刺さると確信した瞬間、振り返った。
足を動かすよりも先に見上げたのは、中州城下町。その先の天守閣。
そこから飛び降りんばかりに身を乗り出した与羽を、空が抱きとどめている。
――少し気にいらねぇが、ましな仕事するじゃねぇか、あの胡散臭い神官。
雷乱は小さく見える与羽にほほえんだ。
「あれが中州の姫ですか……」
しかし、背後からの落ち着いた声に、慌てて振り返る。
彼は刀が肩に深々と刺さっているにもかかわらず、まったく苦痛を感じていないかのように笑みを絶やさずにいた。ひるんですらいない。
雷乱は彼の声に込められていた強い憎しみに、たじろいだ。ただ敵国の姫というだけではない、深い憎悪。親しいものを殺した相手に対するような。しかし、それよりもどす黒い――。
「お前に、悲しみと絶望を――」
与羽に向かって言ったのか。相手はそう口元をゆがめた。
「何を――?」
雷乱がすべて言い切る前に、急な流れに耐えていた足に衝撃があった。
目の前にいる相手が足払いをかけたのだ。
わずかに均衡を崩したところに、棒手裏剣が追い打ちをかける。
それをよけるために体勢を変えようとして、流れに足を取られた。体が傾き、水が覆いかぶさってくる。
とっさに掴んだのは相手の袖か。
最後にもう一度与羽を見ようとしたが、すでに上下左右が全く分からなくなっていた。
仕方なく雷乱は脳裏に与羽を思い描いた。その姿に、静かに誓う。
――ぜってぇ帰る。お前を守るのは、オレだ。
「……与羽」
本人に聞こえないなら、その名を呼べる。
そして激しく渦巻く黒い水が、
ほのかに赤く染まった川を、
二色の旗を、
そして逃げ遅れたたくさんの人々を、
非情に飲み込んでいった。




