七章五節 - 霧雨と城下拠点
しかし不安と恐怖が消えることはない。
遠方――北に進軍しようとする華金軍と中州軍が戦う平野部がほんのり赤くけむって見えるのは気のせいだろうか。
剣戟や雄叫びにまじって悲鳴が聞こえるのは気のせいだろうか。
はっきりと分かるのは、平地の前線がだんだんと北へ後退していること。城下の医療所に次々けが人が運ばれていること――。
与羽は城下本拠地にいるはずの雷乱をすでに見失っていた。それが不安で仕方ない。
知らないうちに大きな傷を負っているのではないか。
そう思うと我慢ならない。今にも雷乱の名を叫びながら、前線へ駆けていきたくなる。
せめて見失うまいと与羽は、本拠地の乱舞をじっと見据えた。
しかし、彼も動きはじめた。
今の戦力では、城下内に侵入しようとする華金軍の足止めができなくなったのだ。
土手に刻み込まれた階段だけでなく、岩の割れ目や出っ張りに鉤のついた縄を引っ掛けて登って来ようとする者もきりがない。倒れた仲間を踏み台にしてまで、中州川の岩肌を越えようとしてくる兵を止めなくてはならない。
「大斗、来てくれる?」
乱舞が脇に控える親友にそう尋ねる。
「あの世まで行くのはごめんだけどね、この世ならどこへでもついて行ってあげるよ」
大斗のいつもの軽口に乱舞はにやりと笑った。
「ありがとう。じゃあ、行こう!」
そして、乱舞が飛び出した。
それに続いて大斗が。さらに今まで待機していたほとんどの人が急な岩肌を滑り降りて刀を抜く。
ちなみに、この行動は乱舞の独断だ。
「翔舞坊と違って落ち着いた子だと思っておったが、とんだ誤算じゃ!!」
城の天守閣で中州軍に指示を出している氷輪がいらだったように叫びながら、城主参戦の情報を流す。
それで中州軍の士気は上がったが、卯龍や絡柳をはじめ何人かは思わずため息を漏らした。
乱舞はあっという間に川の中ほどまで進み、ももまで水に浸かりながら立派な身なりをした男と戦っている。それなりに地位のある武士なのだろう。
大斗と千斗の九鬼兄弟がその近くで十人近い敵を相手し、華奈は彼らとは離れた土手付近で、敵が城下に侵入するのを防いでいる。
若い武官が加わっても人数の差が大きく、みな押されぎみだ。
敵の中にはもう岩肌を登りきっている者もいた。
彼らが町に火を放つ。雨が降り続いて家が湿っているために火の回りはあまりよくないが、激しく煙を上げ確実に町は燃えている。
その様子を見おろして、表面上は冷静を貫いていた与羽が怒りを剥き出しにしていた。
「与羽」
空がやさしく声をかけながら、持ってきていた弓に矢をつがえた。
ひゅっと鋭く空気を裂く音がして、城下に侵入した敵兵を射倒す。かなり距離があり、しかも雨で視界が悪い。にもかかわらず彼の狙いは正確だった。弓の名手というのは本当らしい。
すぐさま氷輪が鉦の合図で火元を教え、城下町を巡回している人々の一部が消しに走る。
敵と鉢合わせして戦いになるのもしばしばだ。
さらに近づいた剣戟の音に、城の中を守る辰海や絡柳も気を引き締めなおした。
氷輪が中州川の水量をさらに増やす指示を出す。これ以上華金兵が城下町に侵入するのを防ぐためだ。
しかし、水量が増えたと言っても人が渡れないほどではない。
乱舞はいまだに川の中央で腹まで水につかりながらもなめらかに剣を振っているし、中州川南部の比較的浅いところから侵入を試みる華金兵は後を絶たない。
完全に城下町を分離してしまえば、城下を攻めようとしている華金兵までもが中州北上を狙う兵に加わってしまう。何とかして華金の兵力を分散させておく必要がある。
与羽は矢を射続ける空の隣で、眼下の光景を見守り続けた。




