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龍神の詩5 - 七色の羽根  作者: 白楠 月玻
七章 黄金の旗
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七章三節 - 破雲の号令

  

  * * *


 小雨降る薄暗い朝。


 与羽(よう)には何が合図になったのかわからなかった。

 いきなりお互いの軍からほら貝の音や足音、雄叫びが発された。


 与羽のわきでバチを握りしめていた一鬼氷輪(かずき ひょうりん)武官も(かね)を打ち鳴らしはじめている。予想外に高く澄んだ音だった。


 城下町の西――湿地帯に展開した華金(かきん)兵は扇形に広がっている。

 城下へ攻め入ろうとする軍と、北へ進軍しようとする軍の二つがあるらしい。

 北へ進軍する軍の方が明らかに多かったが、中州や風見(かざみ)の騎馬兵が先陣を切ってそれを足止めしている。

 激しい剣戟の音や叫び声がここまで聞こえてきて、与羽は無意識に身をすくめていた。小雨で辺りがけむっていていてよかったと思う。今の与羽では、まだ直視できない光景が広がっているに違いない。


 一方の城下側で繰り広げられているのは、弓戦だ。水門をある程度開放しているため、中州川の水かさは増していた。ここを渡れば格好の的になってしまう。

 流れの荒い川を挟んでお互いに矢を射あい、隙を見て華金兵が中州城下町への侵入を試みる。

 それをさらに中州軍が弓で足止めしていた。


 与羽は大弓で矢を射る雷乱(らいらん)の巨体を見つけて、祈るように指を組み合わせた。

 乱舞(らんぶ)大斗(だいと)華奈(かな)は弓隊より少し引いた場所に待機している。


 隣で氷輪が現在の状況と指示を鉦で示すのを聞きながら、与羽は眼下の光景から目が離せなかった。目を離した瞬間、自分の知っている人が消えてしまうのではないか。そう思えて仕方なかったのだ。


 華金兵は数に物を言わせて、力任せに進んで来ようとする。仲間を盾に、踏み台に――。

 城下側の岸までたどり着いた華金兵は、急な土手の岩肌に彫った階段に殺到した。


「行くか」


 その知らせを(かね)で聞き、卯龍(うりゅう)は落ち着いた声で自分と双璧をなす親友を見た。


「ああ」


 北斗(ほくと)は低く答えながら、ゆっくりと刀を抜いた。


「思い出すなぁ……」


 前を見つつもどこか遠くを見ているような北斗に、卯龍も鮮明に記憶をよみがえらせた。


 ――中州が好きな奴は、俺についてきなっ!!


 二十年近く前、同じ場所からそう叫んで誰よりも早く飛び出した青年。

 すべての災厄を跳ね飛ばしてやると言わんばかりの笑顔に、細身の刀をなめらかにしかし荒々しく振り回す――。

 まわりのすべての人に城にいろと言われたにもかかわらず、全く聞く耳を持たなかったわがままな奴。しかし、国を思う気持ちは誰よりも強かったのではないだろうか。


翔舞(しょうぶ)、力を貸してくれ」


「見ときな、翔舞。お前の残した国は必ず守る」


 一瞬だけ、かつての主人であり無二の親友であった男を想い、武器を構えた。


大斗(だいと)を中心に若い武官はここで城主を守れ!」


「それ以外で、最期の最後まで生きる意志のある奴は俺たちについて来い!」


「「行くぞ!」」


 その瞬間、雲を吹き飛ばさんばかりの雄叫びが上がった。

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