七章三節 - 破雲の号令
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小雨降る薄暗い朝。
与羽には何が合図になったのかわからなかった。
いきなりお互いの軍からほら貝の音や足音、雄叫びが発された。
与羽のわきでバチを握りしめていた一鬼氷輪武官も鉦を打ち鳴らしはじめている。予想外に高く澄んだ音だった。
城下町の西――湿地帯に展開した華金兵は扇形に広がっている。
城下へ攻め入ろうとする軍と、北へ進軍しようとする軍の二つがあるらしい。
北へ進軍する軍の方が明らかに多かったが、中州や風見の騎馬兵が先陣を切ってそれを足止めしている。
激しい剣戟の音や叫び声がここまで聞こえてきて、与羽は無意識に身をすくめていた。小雨で辺りがけむっていていてよかったと思う。今の与羽では、まだ直視できない光景が広がっているに違いない。
一方の城下側で繰り広げられているのは、弓戦だ。水門をある程度開放しているため、中州川の水かさは増していた。ここを渡れば格好の的になってしまう。
流れの荒い川を挟んでお互いに矢を射あい、隙を見て華金兵が中州城下町への侵入を試みる。
それをさらに中州軍が弓で足止めしていた。
与羽は大弓で矢を射る雷乱の巨体を見つけて、祈るように指を組み合わせた。
乱舞や大斗、華奈は弓隊より少し引いた場所に待機している。
隣で氷輪が現在の状況と指示を鉦で示すのを聞きながら、与羽は眼下の光景から目が離せなかった。目を離した瞬間、自分の知っている人が消えてしまうのではないか。そう思えて仕方なかったのだ。
華金兵は数に物を言わせて、力任せに進んで来ようとする。仲間を盾に、踏み台に――。
城下側の岸までたどり着いた華金兵は、急な土手の岩肌に彫った階段に殺到した。
「行くか」
その知らせを鉦で聞き、卯龍は落ち着いた声で自分と双璧をなす親友を見た。
「ああ」
北斗は低く答えながら、ゆっくりと刀を抜いた。
「思い出すなぁ……」
前を見つつもどこか遠くを見ているような北斗に、卯龍も鮮明に記憶をよみがえらせた。
――中州が好きな奴は、俺についてきなっ!!
二十年近く前、同じ場所からそう叫んで誰よりも早く飛び出した青年。
すべての災厄を跳ね飛ばしてやると言わんばかりの笑顔に、細身の刀をなめらかにしかし荒々しく振り回す――。
まわりのすべての人に城にいろと言われたにもかかわらず、全く聞く耳を持たなかったわがままな奴。しかし、国を思う気持ちは誰よりも強かったのではないだろうか。
「翔舞、力を貸してくれ」
「見ときな、翔舞。お前の残した国は必ず守る」
一瞬だけ、かつての主人であり無二の親友であった男を想い、武器を構えた。
「大斗を中心に若い武官はここで城主を守れ!」
「それ以外で、最期の最後まで生きる意志のある奴は俺たちについて来い!」
「「行くぞ!」」
その瞬間、雲を吹き飛ばさんばかりの雄叫びが上がった。




