六章四節 - 穀雨と天駆の弓士
「まっ」
次の瞬間、大斗の表情が見慣れた余裕に満ちた笑みに変わった。
「そんなこと絶対にさせないよ。俺も死なないし、乱舞も死なさない。もちろん、お前や華奈もね。だから、お前は戦が終わったら『先輩、あんなに遺言めいたこと言って、結局のこのこ帰ってきたんですかっ!?』とでも言いながら俺の首にしがみついて泣くんだよ? いい? 俺が手取り足取りいっぱい慰めてあげるから」
「……ッ!」
与羽はさりげなく自分の腰を捕まえようとした大斗の腕を、何とか払いのけた。
「今度、殴りますからねっ!」
「『今度』? 今じゃないの?」
「帰ってきたらコテンパンにしてやりますよ」
与羽の口調は不機嫌の極み。ひどく尖っている。
大斗は仏頂面でこちらを見ない与羽の顔を見て淡くほほえんだ。
「帰ってくるさ。好きなだけ殴られてやるよ。もちろん、俺に勝てたらね」
大斗の笑みが凶悪にゆがむ。
与羽は彼から顔をそむけつつも、その殺気に身をすくめた。
「じゃ、行ってくる」
そう与羽の頭を撫でて、背を向ける。
「あ」
しかしふと思い出したように、肩ごしに振り返った。
「乱舞が応接間――柳の間で待ってるよ。……天駆の助力が来たとかなんとか」
やけに不機嫌な物言いだ。
「その割に静かでしたね」
「まぁ、『奴』ひとりだからね」
「『奴』……?」
心当たりがある。嫌な予感がした。
「そう『奴』。伝えたよ」
そして今度こそ、大斗はその場を去った。
大斗の去った方向と応接間は同じ方向にあったが、完全に見送ってから目的地へと向かう。一緒に行く気は起きなかった。
中州城の応接間は複数あり、迎える人の人数や位によって使い分けられる。
城下の町人を招待する質素で落ち着いた部屋や、大部屋、大臣級の人のための部屋などなど――。
今回与羽が呼ばれた柳の間は大臣級の人を迎える手の込んだ部屋だった。本来なら、見飽きていても手の込んだ細工の施された机や脇息に見とれるものだが、今回はそこにいた客人を見た瞬間、与羽の顔が一気に不機嫌なものになった。
予想通りと言えばそうだが――。
「……何であんたがここにおるんよ?」
与羽は低くすごんだ。
「与羽……」
乱舞がたしなめるように声をかけるが、全く意に介さず、そこに座って与羽を見ている客人に大股で歩み寄る。
「せっかく同盟国の危機に際して、わずかながら助力にはせ参じたのに、そんな扱いですか。ひどいですね。ですが、変わっていなくて安心しました」
「助力なら、もっとましなやつ連れて来て。神官一人に何ができるって言うん?」
そう、この場にいたのは天駆の神官――夢見空。
以前見た時と変わらず、長い前髪が鋭い光を宿した瞳を覆い隠し、口元には淡い笑みが浮かんでいる。




